プロローグ

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 会計を終えると伸太郎は出口の扉を開けた。三人が外に出て、伸太郎もあとに続く。外は雨が降っていた。空は一面灰色で、一向にやむ気配がない。伸太郎は傘立てから花柄の傘を一本取り出すと、三人に手渡した。 「あら、ありがとうございます。なんで私達の傘が分かったんですか?」 女性がそれを受け取りながら驚いた様子で尋ねる。 「僕、傘には意識的になっちゃうんですよ」  伸太郎は笑って答えた。だが実のところ、別に傘に興味があるわけではない。伸太郎がここまで傘を気にするようになったのは、ある人のおかげである。 「なるほど、だから店名が『Mr.Umbrella』なんですね」  男性が納得したように言う。実はMr.Umbrellaのモデルは伸太郎ではないのだが、それはまた次に来店してくれた時に話すことにした。  女性が傘を開いて、庇の下から歩道へ出る。だんだん遠ざかっていく家族に、伸太郎が「またどうぞ」と言うと、三人はぺこりとお辞儀をした。さらに女性が赤ん坊の手を持ってばいばいをさせている。伸太郎も手を振り返していると、誰かが一人、彼女らとすれ違ってこちらに歩いてきているのが見えた。  その人はコートを着ていたが、首より上は藍色の大きな傘で隠されていた。しかし伸太郎は、すぐにその人の顔を頭に思い浮かべることができた。  彼はこの喫茶店にとって特別なお客さんであり、店名の由来にもなっている不思議な老人であった。彼は傘をゆっくり傾けると、こちらを見て小さく笑った。
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