VR飯

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VR飯

 とある研究所。その一室。被験者の女性が一人、VRゴーグルをつけ、椅子に座っている。その椅子は様々な機器と繋がれ、椅子からもいくつかのチューブが伸びて被験者の体に突き刺さっている。胸に付けたネームプレートにはジェラと書かれている。  その隣の部屋にはマジックミラー越しに大勢の研究者達とこの研究のスポンサー達がいる。その部屋の壁には被験者がVRで見ている光景がプロジェクションマッピングで映されている。  そこに見えるのは広いアパートの広い一室。蛍光灯が光を下に落としている。その光が届かない奥にあるベランダ側のガラス張りのドアの前には薄いカーテン。青暗く見える。その手前の物体は黒く、光に近づいて来るほどはっきりと見える。    机の上には皿に乗った数枚のクッキー。蛍光灯から落とされた光で黒い影を周囲に作っている。この研究の主任研究員ミッツハルドがスポンサー達の方を向いて、無線機に口を当てる。 『よし、スタートだ』  頷くジェラ。その様子を見つめる研究者達とスポンサー達。画面に映る手がクッキーを一枚掴む。ミッツハルドはスポンサー達の方を向く。 『彼女はVR空間内のクッキーを取り、口に入れます』  そして腕は画面の下の方に少しだけ映り、クッキーを砕く音。頷くスポンサー達。ミッツハルドは画面の方を向く。 『そして、噛む。見てください。彼女の方を』  ミッツハルドはそう言って隣の部屋を映すマジックミラーの方を手で指す。口をモグモグと動かしているジェラの方を一斉に向くスポンサー達。ミッツハルドはジェラがかけているVRゴーグルを指さす。 『VRにつけられた装置から信号が彼女の脳に送られ、クッキーを食べると認識』  咀嚼音が響く。その音を聞きながらスポンサー達の方を眺めるミッツハルド。 『次にクッキーの味を認識させる信号が送られる』  無線機に口を当てるミッツハルド。 『ジェラ、美味しいかい?』  頷くジェラ。その口元は笑っている。 『ええ、とっても美味しいわ。もう一枚頂こうかしら』 『どうぞ』    と、ミッツハルドは苦笑い。彼は無線機をポケットに入れ、スポンサー達の方を向く。 『如何でしょう。クッキーの実物は無いのにクッキーを味わう事ができるのです』  スポンサーの何人かが怪訝な表情をしてミッツハルドの方を見つめる。口を開けるスポンサーの一人。 『実物が無いのにクッキーを味わえるのは分かった。面白い手品だよ。しかし、我々は栄養を摂取しなければ生きていけない。これはただ単に脳を誤魔化しているだけではないのかね?』  ニコリと笑うミッツハルド。 『ええ、その点についてはご心配ありません』  ミッツハルドはジェラに繋がれた赤いチューブを指さす。 『あそこから彼女の体に栄養をおくっているのです』  目を見開くスポンサー達。  『なんと!』  その一人が感嘆の声を上げる。ミッツハルドは、ざわめきを起こすスポンサー達の方を向いた後、ジェラの方を向く。 『この機械により、管理され、彼女は肥満になったり健康を害する事は一切ありません』  無線機に口を当てるミッツハルド。 『ジェラ。何か食べてみたい?沢山、寿司とか中華とか』  笑うジェラ。 『このVRが私の体を管理してくれるんでしょ。いくら食べても太らないなんて本当に素晴らしいわ。そうね、じゃ、それをお願い』  指をパチンと鳴らし、科学者達の方を向くミッツハルド。科学者達がPCをいじると暫くして、プロジェクションマッピングにまず、寿司が現れる。皿には右から大トロ、ウニ、イクラ、タイ、シメサバ、タコと並ぶ。次に、現れるペキンダッグに大盛のチャーハン。ジェラが大トロ握りを一口食べる。 『これだけ食べても大丈夫なんて。しあわせー』  ミッツハルドの方を向くスポンサーの一人。 『あれは、さすがにまずくは無いか?』 『ははは。大丈夫ですよ』  とミッツガルドは笑って言うと、ジェラに繋がれた赤いチューブを指さす。 『栄養が個人の一日に摂取する規定値になったら供給が自動的に止まるんです。もちろん一律では無くて、個人の状態からコンピューターが計算した必要量をね』  食欲をそそられる咀嚼音。プロジェクションマッピングに映る画像の方を向くミッツガルド。 『そして、供給される栄養がストップしても、我々は料理の味を楽しむことを続けられるというわけですよ』  頷くスポンサーの一人。 『なるほど』  彼は暫く、プロジェクションマッピングに映る画像を見た後、ミッツハルドの方を向く。 『しかし、人間の健康に必要なのは栄養だけじゃない。適度の運動も行わないと、体は衰えてしまうよ』  頷くミッツハルド。 『御安心ください。じつはあの椅子は電気信号を送り、一日に必要な運動量分筋肉を動かしているのです』 『ほお』  感嘆の声をあげるスポンサーの一人。ミッツハルドは無線機に口を当てる。 『最後に言い忘れていましたが、おい、ジェラ。シュールストレミングとか、納豆とかどうだい?』  顔をしかめるジェラ。 『嫌よ。臭いもの!』 『分かった、分かった。じゃ、ワインなんてどう。香りをかぎながらなんて』  と、ミッツハルド。ジェラの顔に笑顔が戻る。 『いいわ』 『では』    ミッツハルドは無線機をポケットにしまうと科学者たちの方へ視線を向ける。頷いてPCをいじる科学者達。プロジェクションマッピングに映る赤ワインの注がれたグラス。  グラスを取るジェラの手。 『はー、いい匂いだわ』  スポンサーの一人が驚きの声を上げる。 『ほぉ、匂いもか』  スポンサー達の方を向くミッツハルド。 『如何ですか?これさえあれば、いくら食べても肥満になったり、健康を害する事がありません。そして、どんなものでも、どんな料理でも、香りを楽しみ、食べ、味わう事が出来ます。そう、人間の使用する資源を最低限に抑えて』  パチパチパチとスポンサー達から拍手が巻き起こる。
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