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(いいえ。明日のことはまた考えればいい。今はレオン様と一緒なのだから、この時間を大切にしよう)
ローズは、笑顔のまま言った。
「はい。頼もしいです。それで、手紙は置いていらっしゃいましたか?」
するとレオンは、にやりと笑った。
「何も置かずに来た」
「何も? それでは、エリックが心配するのではないですか?」
今日は夜が遅くなる予定なので心配しないようにと、レオンと出かける旨を簡単に手紙にしたためて置いて来ることにしていた。ソフィーは、昨日ローズがいなかったことには気づいていなかったようだった。
ローズのいないことがばれても、レオンと一緒だとわかればそれほど騒ぎにはならないだろう。同じように、レオンもエリック宛に置手紙をすることになっていたのだが。
「どうせお前と一緒だという事はすぐわかる。それまではエリックも少し慌ててもいいだろう」
「はあ……」
考え方が、なんだかベアトリスに似てきている。
(どうしよう。私、レオン様に変な影響を与えちゃったのかしら)
一抹の不安を覚えるローズに、レオンは穏やかな笑顔で言った。
「さあ、行こう」
☆
フィランセの街は、昨日ローズが見た時よりさらに人でごった返していた。
「すごい人ですね」
「まだこれから増えるぞ。祭りで一番盛り上がるのは、祭壇に火がついてからだからな」
人波にもまれながら、ローズは必死に前に見えるレオンの背中を追う。通りはかなり広かったが、それでも誰にもぶつからずに歩くことはできなかった。その様子を見て、レオンがローズに手を差し出した。
「……レオン様?」
ローズが、きょとんとしていると、レオンが視線を逸らして言った。
「手を」
「え?」
「はぐれたら面倒だ。手をつないでいよう」
とたんに、ローズは真っ赤になる。
「で、でも、こんな人目のあるところで……」
「誰も他人など見てはいない。何か言われたら……夫婦だと言えばいい」
レオンの言葉にくらりとめまいすら感じたローズは、そう言ったレオンが少しだけ切ない顔をしていたことに気づかなかった。
「早くしろ」
「は、はい」
そ、とローズが手を繋ぐと、大きな手がローズの手を包んだ。ぎゅ、と握って、少し前を歩いてくれる。
(レオン様……)
ぽうっとしながら後ろから見たレオンの耳が赤い。まわりにいる大勢の人々も、もうローズの目には入らなかった。彼女に見えるのは、背の高い後ろ姿だけだ。
(夢なら、このまま覚めないで……)
それからローズたちは、道のあちこちにいる旅芸人たちの芸を見たり、屋台で簡単な軽食を食べたり、祭りににぎわうフィランセの街を歩いて回った。
夕方近くになったころ、レオンがふと、ある建物の前で足を止めた
「レオン様? この建物が何か?」
「ああ、ここは……」
「あ、レオン様だ!」
レオンが何か言う前に、建物の中から気がついたらしい子供が何人か飛び出してきた。
「レオン様! お歌聞いてって!」
「私、クッキーを焼いたんです。まだあるから召し上がって」
「レオン様!」
その様子で、ローズは気づいた。ここは、おそらくカーライル家で寄附をしているという孤児院なのだろう。
「おや、これはカーライル卿」
賑やかな子供たちに囲まれてレオンとローズが中に入ると、そこにいた一人の老人が深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。おかげさまで、今年も無事に秋祭りを迎えることができました。先ほど公爵にもご挨拶しましたが、カーライル卿にもお越しいただけるとは」
「公爵家のつとめだからな」
照れているのか、少しぶっきらぼうにレオンが答えても、院長はにこやかな表情を崩さない。
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