第五章 たった一度の口づけ

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「俺も久しぶりに見たくなった。燃え上がる炎が、それは美しいぞ」 「それは楽しみです! レオン様がご一緒なら、ソフィーも許してくれるでしょう」  それを聞いて、レオンがけげんな顔になった。 「もしかして、ソフィーには黙って出てきたのか?」  は、とローズは口元を押さえて、無言で目をそらした。すると、レオンが楽し気に笑いだす。 「そうだったのか。今頃ソフィーは青くなっているのではないか?」 「だ、大丈夫です……気づかれる前には帰る予定ですので、多分……おそらく……」  ふと、レオンは思いついたように言った。 「では、明日は俺もエリックに黙って出てきてみようか」 「え?!」  驚くローズを見て、レオンはにやりと笑った。 「エリックはもう長く俺に仕えているが、あいつが動揺している様を俺は見たことがない。黙って俺がいなくなったら、あいつはどんな顔をするかな」 「そんな……何もレオン様がそんな真似をしなくても」 「かまわん」  レオンは、結ばずに流しているローズの髪にさらりと触れた。 「お前と同じ気持ちを味わってみよう。想像しただけでこれほどに胸が浮き立つのなら、実際試してみたら一体どんな気持ちになるのか。俺も、今から楽しみだ」 (レオン様……)  穏やかに微笑むその顔を見上げると、ローズの胸は締め付けられるように苦しくなって、なぜだか涙が出そうになる。 (一体私、どうしちゃったのかしら……)  言葉を詰まらせたローズに、レオンは優しく言った。 「今日はもう帰ろう。厳しくされて、明日抜け出せなくなると困るからな」 「……はい」   ☆ 「待たせたな。用意はいいか」  次の日、ローズが約束通り裏庭で待っていると、あたりをうかがいながらレオンがやってきた。その姿を見て、ローズの返しかけた言葉が口元で止まってしまった。  お忍びで街に出るために、レオンは貴族の普段着ではなく街の青年の格好をしていた。けれどそんな格好になっても、レオンの精悍さは隠せない。むしろ、服装が質素なだけに逆にその体躯や顔に目がいって、ローズはその姿に見惚れてしまう。 (レオン様、かっこいい……)  返事がないことを気にすることもなく、レオンは立ち尽くすローズを見て目を細める。 「お前は、そういう服装も似合うのだな」  ローズが着ていたのは、持ってきた自分の服の中でも一番新しいきれいな服だった。  何を着ようかなどと悩んだのは生まれて初めての事だった。髪も念入りにとかしたし、靴も綺麗に磨いてきた。  最初この館に来た時は、あれほどに顔を合わせるべきではないと思っていたのに、今日のローズは、レオンと出かける約束を昨日からずっと心待ちにしていた。 (明後日の結婚式では、きっとすべてがばれてしまう。場合によっては、私も姿を消さなければいけない。こうしてレオン様と言葉を交わせるのも、今日が最後だから……せめて、一番きれいな私を覚えていてもらおう)  言い訳のように自分に言い聞かせて、ローズは部屋を出てきた。 「あ、ありがとうございます」  うつむき加減に言ったローズの顔を、レオンは少しかがんで覗き込む。 「どうした? 不安か?」  そう言われてローズは、自分が浮かない顔をしていたことに気づいた。あわてて顔をあげると、笑顔になる。 「いいえ、そんなことはありません」 「心配するな。俺の腕は昨日みただろう。何があっても、俺が、お前を守ってやる」  いつくしむように言ったレオンの言葉に、ローズの胸はさらに苦しくなる。
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