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「いえいえ、こまめに様子を見にきて下さって、子供たちも喜んでおります。今日はお忍びですかな」
「ああ、まあ、そんなところだ」
レオンの格好を見て聞いた院長は、なぜかうんうんと含み笑いをした。
「やはりご兄弟ですね。どうぞ祭りを楽しんでください。そういえば、子供達から聞きましたが、先日はトラヴェルソをお聞かせくださったとか。ぜひ、私も聞いてみたいものです」
「トラヴェルソ?」
意外な言葉にローズが聞き返すと、レオンは激しく狼狽した。
「そ、それは……!」
「レオン様、トラヴェルソが吹けるのですか?」
ローズが聞くと、院長はおどろいたようにその顔を見た。
「ご存じなかったのですか、奥様。先日、子供たちが興奮して話してくれました。レオン様のトラヴェルソがとてもお上手だったと」
ここでも奥様、と言われて、瞬時にローズの頬が熱くなる。だがそれよりも、レオンがトラヴェルソを吹けるという事の方が驚きだった。
「そうなんだよ! レオン様のトラヴェルソ、とってもうまいんだ」
「院長様もぜひ、聞いてみて」
「レオン様、今日も吹いて」
そう言いながら、子供のうちの一人がレオンの前に、一本のトラヴェルソを差し出す。それは、ベアトリスが持っているような豪華なものではなく、木をけずったままの質素なものだった。
「また聞かせて、レオン様」
「一緒に、踊ろうよ」
口々に言われて根負けしたレオンは、ついに子供たちの差し出したトラヴェルソを手にする。ちらりとローズに視線を流した後、彼女に背を向けてトラヴェルソを口に当てた。
レオンが軽快な音を奏で始めると、子供たちがその周りで踊りだす。楽し気なその様子を見てローズの顔にも笑みが浮かんだ。
(意外と子供好きなのね、レオン様)
しばらくその音を聴いていたローズは、は、と気づいた。
(この音……!)
その後も、もう一度、もう一度とせがまれたレオンは何曲も吹いた。そうしてあたりが暗くなる頃、ようやく二人は子供達から解放された。
☆
「レオン様、だったのですね」
二人で歩いて広場に向かいながら、ローズはちらりと隣を見上げた。レオンは難しい顔をして黙っている。だが、前を向いたレオンの耳が赤く火照っているのに、ローズは気づいていた。
「言ってくださればよかったのに。あのハープは私が弾いていると、ご存じだったのでしょう?」
「初めは、新しい楽師が練習でもしているのかと思った。たまたま耳にしたのだが、聞いたことがないほど優しい音色で……だから、最初のお前の印象と、重ならなかったのだ」
言いづらそうに、レオンが言った。ローズは、そう言われて逆に、なんだか愉快な気分になる。
「そんなに私、険があるように見えましたか?」
「最初は、だぞ? 今はそうは思ってはいない」
「はい。わかっております」
あせるレオンをローズがくすくすと笑っていると、ためらいがちにレオンが続けた。
「楽器の音は、吹く者の心を如実に表す。あの音を聴いて、お前に対する印象が変わったのだ。確かにお前の物言いはきつかったが、よくよく考えれば、お前の言ったことは全てお前の嘘偽りのない心からの言葉だった。そして、それらは俺を拒絶するのものでもなかった。お前は、一生懸命俺に添おうとしてくれていた。だから俺も、偽るのは……やめようと……だが……」
なぜか、レオンの言葉が尻つぼみになる。その顔を見上げると、レオンはふいに我に返ったように口調を変えた。
「くだらないと思うか?」
「なにをですか?」
「楽器など、貴族の使うものではない。公爵家に連なる俺が、トラヴェルソなど……」
「そう言われたのですか? 公爵様に」
レオンが、目だけでローズを見る。その顔に、ローズは笑みを返した。
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