第三章 十分に、美しい

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第三章 十分に、美しい

「奥様、今日のお昼は夕べの音楽堂で召し上がりませんか?」  次の朝、ソフィーが着替えを手伝いながら言った。 「あら、嬉しいわ」 「奥様がお聴きになりたいとのことで楽師の手配をいたしましたところ、レオン様がぜひご一緒に、と。簡単ですが、昼食会にご招待したいとのことです。楽しみですわね」  機嫌よく言ったソフィーとは逆に、それを聞いたとたんにローズはどんよりとした気分になってしまった。  レオンと一緒なのか。  出来ればレオンとも仲良くはしておきたいし、ベアトリスのいい印象も与えておきたい。  それはわかっているのだが、本音を言えば、できることならもうベアトリスと入れ替わるまでは顔を合わせたくはなかった。けれど、婚約者の招待を理由もなく断るわけにもいかないだろう。  ローズは、ソフィーに気づかれないようにため息をついた。 (楽しく……できるといいなあ)  日の光の降り注ぐサロンは、夕べ見たサロンとは全く違う印象だった。  夕べは気づかなかったが、このサロンは天井にまでガラスがはめ込んであり、ホールにはあますところなく穏やかな太陽光があふれている。壁のほとんども透明性の高いガラスで作られており、手入れの行き届いた庭が広く見渡せた。 「昼のサロンも素敵ね」  ソフィーと一緒に中へ入ると、すでにそこにはレオンが立っていた。  「来たな。こっちだ」  そう言ってローズの手をとって席へと導いてくれる。妙に気取った仕草を見て、レオンも緊張しているのかとローズは意外に思った。貴族の嫡男であれば、女性のエスコートなど慣れているものだと思っていたのだ。 「お招き、ありがとうございます」 「今日の昼食は、俺たち二人だけだ。気楽に過ごすといい」  二人が席につくと、控えていた楽師たちが静かに曲を奏で始める。流れてきた曲の中には、ローズの弾いていた曲もあった。もちろんトラヴェルソもそこにはいたが、ローズの耳にしたあの音ではない。 (ここの楽師ではないのかしら)  考えながら食事をしていると、ぽつりぽつりとレオンが話しかけてくる。 「芝居は好きか?」 「ええ。レオン様は、お好きなのですか?」 「いや、あまり見ないな」 「そうですか」  レオンから話しかけてくる割には、会話が続かない。その後も、流行の踊りや歌などのことを話題にするが、レオンもあまり詳しくないようで話が弾まないことこの上ない。 (無理して話題を作らなくてもいいのに)  不思議に思いながらローズが最後のデザートを食べ終わる頃、レオンが何かエリックに合図を送った。小さく頷くと、エリックは部屋の隅にあった箱の一つに手を伸ばす。 「こちらを。レオン様からです」  渡されたのは、長細い箱だった。開けてみると、大きな赤い宝石の首飾りが入っている。 「これは……」  目を丸くして、ローズはレオンを見上げた。少し照れたように、レオンは視線をそらす。 「一つならば、贈り物をしても文句はあるまい」 「そう……ですが、こんな高価なもの……」 「気に入らないか?」 「いえ、そういうわけでは」  ローズが戸惑っていると、レオンが席を立って近づいて来る。 「つけてやろう」  そう言って首飾りを手にするが、構造がわからないらしくうまくつけられない。 「えと……自分でやりましょうか?」 「いや、俺がやる。しかし……これは一体、どうなっているのだ?」  四苦八苦しながらなんとかその首飾りをローズの首につける。 「ありがとうございます……」  これはもらっておいても大丈夫だろうか。ローズは、自分の首にかけられた首飾りを見下ろす。
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