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第四章 一輪の贈り物
「奥様、申し訳ございませんが、急いでお支度を」
次の日の午後、別のメイドに呼ばれて部屋を出て行ったソフィーが、慌てた様子で戻ってきた。
「何かあったの?」
「はい、旦那様……公爵様が奥様をお呼びでございます」
「公爵様が? お戻りになられたのですか?」
ソフィーが慌ただしい理由を知って、ローズもソファから立ち上がる。
「今日の昼にはお戻りになられていたようです」
「わかりました。公爵様はどちらに?」
「本館の、ご自分の書斎でお待ちになっておられます」
それを聞いて、ローズは眉をひそめた。
本館には、結婚式に招待された親類などが滞在しているはずだ。できれば、あまり顔を合わせたくはない。
そのローズの雰囲気を察したのか、ソフィーが微笑んでいった。
「ご招待客の皆様は、今日はお芝居を見に全員外出しておられます。夕方までお戻りの予定はありませんので、お気になさらなくても結構ですよ」
「そう。では、着替えます」
その言葉に、ほ、としたローズは、緊張しながらドレスを着替えた。会いたくはなかったが、さすがに義理の父親には挨拶しないといけないだろう。
「緊張なさらなくても大丈夫ですよ。公爵様も、この度のご結婚については、心からお喜びでしたから」
ローズの緊張を感じとったのか、着替えを手伝いながらソフィーが言った。
「そう……なの?」
「はい。奥様とは、数度面識があるとうかがっております。ふふ、レオン様が公爵様にそっくりで驚かれませんでした?」
(あ、怖い顔なのね)
だとしたら、レオンの顔になれた今なら、もうそれほど怖いとは思わないかもしれない。
(あとは……ばれないといいのだけど)
ソフィーの言う通り、ベアトリスはレオンとは顔を合わせたことはなかったが、カーライル公爵とは数度同席をしたことがあるはずだ。ベアトリスはパーティーやサロンに行くときは淑女のたしなみとして扇で顔を隠していたはずなので身代わりがばれることはないとは思うが、やはり緊張する。
「失礼いたします」
ソフィーに案内された部屋に入ると、正面の机には重厚な雰囲気の男性が座っていた。彼がカーライル公爵だろう。ソフィーの言った通り、顔はレオンによく似ていた。どうやら、ここは公爵の執務室らしい。
その公爵の隣には、無表情なレオンが立っていた。
「ああ、呼びつけてすまない」
見た目よりも温和な口調で、カーライル公爵はローズに言った。笑みを浮かべると目元に細かい皺ができて、表情が柔らかくなる。
「留守をしていてすまなかった。久しぶりだな。そなたに会える日を半年前から心待ちにしていたぞ」
やはり、ローズやベアトリスの知らないところで、この結婚はかなり早くから用意されていたのだ。この口調からすると、よもや公爵も、この結婚をベアトリスが聞いたのは数日前などということは知らないのであろう。
ぬるい笑顔を浮かべそうになった顔をあわてて伏せると、ローズは丁寧な動作で淑女の礼をとった。
「ベアトリス・リンドグレーンにございます。この度は、わたくしを選んでくださりありがとうございます。今後、よろしくお願いいたします」
「そなたを公爵家一同、心から歓迎しよう。少し、痩せたようだな」
「夏の暑さに負けたようです。けれどこちらでレオン様に丁重にご接待いただいております故、じきにもとに戻りましょう」
「そうか。ところで、今レオンとも話しておったのだが……」
ちらり、と公爵はレオンをうかがった。レオンの表情は変わらない。
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