第一章 恨みますよ、お嬢様

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「? ……これは?」 「先ほど渡すのを忘れていた」 「私に、ですか?」  めんくらってローズはレオンを見上げた。 「他に誰がいる」  理由はわからないが、どうやらベアトリスへの贈り物らしい。  ぶっきらぼうな言い方だが、よく見ればその頬が微かに赤く染まっている。 (……もしかして、照れてるの……?) 「あ、ありがとうございます……」  つられてなんとなく一緒にてれてしまったローズは、手元の花束に視線をおとした。  明るいピンク色のバラだった。ざっと見て、二、三十本ほどはあるだろうか。  ローズから視線を外したレオンは、あちらこちらを見ていて一つの荷物に目をとめた。 「あれはなんだ?」  その視線を追ったローズは、しまった、とほぞをかんだ。それは、令嬢らしくない持ち物だ。 「……トラヴェルソです」 「お前が吹くのか?」  驚きを含んだ声で、レオンが聞いた。  トラヴェルソは、横向きに吹く木製の楽器だ。貴族の令嬢が楽器など、と父親の伯爵は眉をひそめたが、ベアトリスはことのほかこの楽器がお気に入りでこっそりと嫁入り道具にと持ってきたのだ。 「わたくしが吹けるわけありませんわ。ですが聴くのは好きなので、たまに侍女に吹かせているのです」 「なるほど」  ローズが言うとそれ以上は興味をなくしたように、レオンはまた飾り付けられた部屋を見回す。 「ベアトリス……トリス、と呼べばいいのか」  夫婦なら、そう呼んでも差し支えはないだろう。  だが、ベアトリスは心を許した身内にしかその呼び名を許していなかった。ベアトリスが見つかって入れ替わったあとでいきなりそう呼ばれたら、恐らく彼女は不快に感じるに違いない。たとえそれが、自分がとんずらこいたことが原因だったとしても。  そう考えたローズは、なるべくそっけなく聞こえるように言った。 「それは、結婚式の後にしてください。わたくしたちは、まだ夫婦ではありませんから」  ベアトリスとレオンが仲睦まじいにこしたことはないのだが、あくまでそれは結婚後のこと。今のところ少しくらいローズが冷たくしておいても、きっと戻ってきたベアトリスならうまくやれるだろう。  と、なかば八つ当たりのようなことをローズが考えていると、微かに落胆の響きの混ざったレオンの声が聞こえた。 「そうか」  その声を聞いて、ローズは、少しだけレオンに関して認識を改める。  威圧的な態度は鼻につくが、先ほどからの態度から察するに、どうやら妻となるベアトリスに寄り添いたいという気持ちもちゃんとあるようだ。 (もしかしたら、いい人なのかも) 「……わたくしは」  バラの花束に視線を落してと、ローズは言葉をさがす。 「花の中では、ピンク色が一番好きです」  顔を逸らしたままだったので、無言になったレオンがどういう顔をしていたのか、ローズには知ることができなかった。  短い沈黙のあと、淡々としたレオンの声が聞こえた。 「夕食はこちらに運ばせる。今日はゆっくり休むといい」 「お気遣い、恐れ入ります」  その会話を最後に、レオンは部屋を出て行った。  ふう、と息を吐いてようやくローズは緊張を解く。  まさか、こんな風にベアトリスの身代わりをすることになろうとは思ってもいなかった。これが原因で破談にでもなったらどう責任をとればいいのか。  長くても、十日。伯爵も十日後の結婚式までにはこの館に到着しなければならないはずだ。一刻も早く見つかってほしい。見つからなかった時のことは、今は考えたくもない。  ただ、ベアトリスは時折突拍子もないことをしでかすけれど、決して無責任な行動はとらなかった。そのことだけを頼みに、ローズは一人でこの状況を乗り越えなくてはならない。 「……いい香り」  持っていた花束から、ローズを励ますように甘い香りが立ち上る。その香りに少しだけ心を癒され、ローズは、ほ、と笑みを浮かべた。 「うん。こうなったら仕方ないもんね。お嬢様のためにがんばろう」  そう気合を入れるとローズは、バラの花を花瓶に活けるために立ち上がった。

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