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第二章 あふれかえるお菓子とお花
ちちち、と小鳥の声がする。カーテンの隙間から漏れる光が、まぶたの裏に明るい。
(今日も天気はよさそうね)
まだ寝ぼけている頭でローズは体を起こそうとするが、なんだかやけに疲れていて体がだるい。もう一度シーツに顔をうずめようとしたローズは、その明るさがすでに朝も遅いことを示していることに気づいて瞬時に目が覚めた。
「大変! 寝坊を……!」
あわててとび起きて目にした光景に、ローズは、目を瞬く。
やわらかな真っ白いシーツに、幾重にもレースが重なった天蓋付きのベッド。部屋に漂う甘い香りは、花瓶に活けたバラの花束から立ちのぼる。細かい彫刻を施された豪奢な家具に囲まれて、ローズはまだ夢を見ているのかと錯覚した。
「ああ……」
数回の瞬きの後に自分の立場を思い出したローズは、くたりとベッドの上に突っ伏す。
(そうだった。ここは公爵家だっけ)
『お目覚めですか、奥様』
ちょうどローズが目覚めたタイミングで、部屋の外から声がかけられた。館の使用人たちは、すでにローズのことを奥様と呼んでいた。
「は、はい」
「おはようございます。お召替えのお手伝いをいたします」
入ってきたのは、カーライル家のメイドたちだ。
「いえ、私は……」
自分で着替えようとしたローズは、不思議そうな顔をするメイドたちを見て気づいた。
(そうだ。お嬢様は、自分で着替えなんかしないんだったっけ)
ベアトリスは伯爵令嬢だ。彼女の着替えは、毎朝ローズをはじめ多数のメイドが手伝っていた。
ローズはベッドから優雅に降りると、すました顔でメイドに言った。
「お願いします」
「かしこまりました」
「奥様、今朝のお食事はどこでいたしましょう」
また別のメイドが聞いてくる。
「どこで……とは?」
「中庭のガゼボでもよろしいですし、みなさまとご一緒にホールでも結構です。それともまたこちらにお持ちいたしましょうか?」
ローズは少し首をかしげて考える。
(いずれお嬢様と入れ替わるとなると、なるべくこの家の人とは顔を合わせない方がいいわね)
「まだ公爵様にもご挨拶をしておりませんので、正式に対面するまではこちらでいただきます」
カーライル公爵、つまりレオンの父親は、息子の結婚の報告で王宮へ出向いているらしい。数日は向こうに滞在するらしいので、それまではレオンが当主の代わりを勤めている。
「かしこまりました」
さらさらとメイドたちはよく動く。以前同じ立場だったローズには、ここのメイドたちの洗練された様子がよくわかった。
使用人の質は、そのまま雇用主の質だ。まだ会ったことはないカーライル公爵に、ローズは今の時点ではかなりの好印象を持った。
そのメイドたちのなすがままに、ローズはおとなしくドレスを着せられた。着せることは慣れているが、着させられることは初めてだ。居心地悪い思いをしていたローズは、ふと思い出す。
(そういえば……)
ベアトリスももちろん自分で着替えなどしたことがない。だいたいが貴族のドレスなど、一人で着られるようなつくりのものではないのだ。
けれどここしばらくベアトリスは、何を思ったかリボンを結んでみたり服を脱ごうとしたり、四苦八苦しながらも自らの手でやろうとしていた。
(あれはなんだったんだろう)
ぼんやりそんなことを考えているうちにローズは、服を着替え髪を結ばれほんのりと化粧を施されていた。
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