幼いキス

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幼いキス

「ねぇ、黒ちゃん。キスって、した事ある?」 学校の友達と一緒に遊んでいるときだった。 「一緒に、隠れようぜっ!」と、幼馴染に声をかけたのは、いつもと同じだった。 俺とミネは幼馴染。同じ団地の同じ歳だと言えば、距離は一気に縮まる。 団地には俺らと同じぐらいの子どもはいたけど、俺とミネはいつも一緒だった。 隠れる場所も同じ、鬼に見つかる時も同じ。 だけど、俺たちは離れることはしなかった。 いつものように、物陰に一緒に隠れた。 遠くの方ではまだ、数をのんびりと数えている声が聞こえる。 その様子を伺おうと、こっそりと顔を出そうとした俺にミネが尋ねてきた。 「え?...キス? あのキス?」 指と指を合わせるようにして見せたら、ミネの顔は真っ赤になっていた。 「うん、そのキス。 あ、あのね? たぶん、大きくなったら、絶対に誰かとキスって するんだよね?」 常識とかルールとかうざったい物は、俺たちの中にはまだなかった。 「おう...たぶんな。 ま、俺は、まだ、そんなこと、するつもりもねーけどな。  って、まさか、お前っ! 誰かと...」 俺らの周りでは恋とか異性とか、そういう言葉に敏感だった。誰かと誰かが手を繋いだというだけで、学年中が大騒ぎだ。それなのに、ミネの言葉だ。浮かぶ考えは一直線。けれど、ミネは慌てて否定した。そして、 「違うよ、僕、そんなこと、する人っていないし…。  でも、僕の初めてって、誰かに取られるんだったら、僕、黒ちゃんに貰って欲しい...」 ー! 「え?お前、そんな風に考えんの? 誰かに取られるって、どういうことだ?  …てか、俺は...別に、いいけど、お前、それでも、いいのか?」 膝を抱えて座っていたミネは、ゆっくりと頷いた。 そんな大切な物を、俺にくれると言われて、断る奴なんているのか? 俺は、こいつの初めてをまた独り占めできたことに密かに喜んでいた。 「ってか、今、ここですんの?」 鬼の数を数える声がいつの間にかなくなっていた。様子を伺おうと腰を上げた。 ぎゅっと、ミネが俺の服を引っ張っている。つまり、今、ここでしろって言っているのだ。 「...まじで? 」 俺の質問に、ミネは不安そうに尋ね返した。 「...嫌?」 ー! 「い、嫌じゃねぇし、ってか、後悔なんてすんじゃねーぞ。  お前が言い出したんだからなっ! 返せって言われても返せねーしっ!」 ミネの近くに行き、手を握る。距離感とか、わからない。 ミネは、ゆっくりと俺の方に向かって目を閉じた。 ー! キスって...。どうすれば? いざ、キスをしようとしたけれど、頭の中は真っ白だ。 ミネが待ってるっていうのに...。 「黒ちゃん、出来ない?」 目を閉じたまま、ミネが尋ねてきた。 「...わかんね。だって、俺もしたことがねーんだもん。  分かるわけがねーだろ?」 不貞腐れたら、ミネが腰を上げながら、俺の肩に手を置いてきた。 ドンと尻もちをつく。 ー! 見上げたら、ミネの口元が見えた。 「.........」 温かくて柔らかい物が唇に触れた。 触れただけのキス。 顔を上げると、頬を緩めたミネの顔があった。 すごく嬉しそうだ。こんな顔、俺は見たことがない。 俺の唇と触れたミネの唇を、働かない頭で見ていた。 ペロンって、ミネが唇を舐めた。 ー! その瞬間、俺の初めてはミネのモノになったような気がした。 「ふふ、嬉しい...」 俺の座っている横にミネが再び腰を下ろした。 足を抱え、膝の上に頭をのせたまま俺を見る。 「黒ちゃんの初めて、僕が貰っちゃった♡」 嬉しそうに笑う顔を見て、俺の中で何かが変わった。 奪われたのは、キスだけじゃなく俺の心まで持って行ったのをこいつは知らない。
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