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食べ終わったスイカの皮や種を処理してから、居間でゴロゴロとすることにした。と思ったら、お姉ちゃんはおもむろに眼鏡をかける。それから、ノートパソコンを取り出しては何やら作業を始めた。「何してるの?」と聞きたいけれど、お姉ちゃんがあまりにも真剣な表情をしているので、口は開かずにいた。
お姉ちゃんが作業をしている手前、僕だけゴロゴロとしているのはなんだか恥ずかしく思える。なので、図書館から借りてきた本を読むことにした。
借りてきたのは、いわゆるディストピア物の小説だ。主人公は、病気も天災も犯罪も何一つ悪いことの起こらない世界の中で幸せに暮らしている。しかし、主人公が暮らしてきた世界は偽物で、現実世界では主人公は寝たきりの状態だという事実を告げられる。真実を知った主人公は悩み、葛藤していき──というあらまし。まだ読んでいる途中なので、結末は分からない。
もし、僕自身がこの本の主人公と同じ立場だったらどうするか。きっと彼と同様に悩んでは苦しい思いをすることだろう。ましてや、どちらの世界が良いだなんて決断はできないと思う。偽物とはいえ幸せに満ちた世界。不幸ではあっても歴とした本物の世界。答えを出そうにも判断材料が少ない。もしかしたらずっと決断できないまま生き続ける、なんてこともありえる。
怖い。素直にそう思える。この本はフィクションなのは分かってるけど、それでも本当のことのように考えてしまうと、やっぱり怖い。それと比べると、僕がいるこの世界がとても愛おしい。この世界に生きられて良かったと、胸を撫で下ろす。
気がつけば、もう夕ご飯の時間になっていた。お姉ちゃんはパソコンを閉じて、軽く背中を伸ばす。
「夕ご飯作ろっか」
「うん!」
本の途中にしおりを挟み、お姉ちゃんと一緒にキッチンへ向かう。二人で夕ご飯を作るのが毎日の日課になっている。僕とお姉ちゃんとの共同作業、なんて言うと小っ恥ずかしいよな。
お姉ちゃんが食材を切り、僕は鍋の見張りをする。トントンと奏でる包丁のメロディーにグツグツと煮える鍋のリズム。二人肩を並べて家事に取り組むこの時間が、一日の中で最も好きな時間だ。
「なんだか嬉しそうね。何を考えてたのかな?」
お姉ちゃんはいつの間にか僕の方を見てニヤニヤとしていた。顔が熱くなる。
「な、なんでもないから!」
お姉ちゃんから視線をそらして再び鍋を見る。鍋はさっきよりも強く泡を吹かせていた。
「「いただきまーす」」
二人手を合わせて、一緒に掛け声をかける。テーブルには、冷やし中華をメインに豚しゃぶサラダとナスのおひたしが並んである。盛り付けはバッチリで、我ながらとても美味しそうに仕上がっている。まずは冷やし中華から。つゆと絡んだ麺があっさりとした味でスルスルと食を促す。
「今日も美味しいね」
なんて口に出してみると、お姉ちゃんは「そうだね」と言って微笑する。
夕ご飯を食べ進めている中、テレビの向こうではニュースが放送されていた。
『────ただいま○○県××市では夏祭りが行われています。見てください、この活気! ズラッと並ぶ屋台に大勢の人が集まり、心ゆくまでお祭りを楽しんでおります』
リポーターの人が元気良く祭りの雰囲気を伝えている。賑やかな様子が映像だけでもよく分かる。
夏祭りか。とても楽しそうだな。僕も行けたらいいんだけど。
叶うとも知れないお祭りを夢想する。お姉ちゃん共々浴衣を着て、手を繋いで歩く縁日。わたあめにチョコバナナを食べては、射的に熱中する。金魚すくいにも挑戦するけど、多分僕の実力だと一、二匹が精々かな。一通り屋台を見て回った後は、打ち上げ花火を観る。色とりどりに夜空で咲き乱れる花々。それを眺める僕とお姉ちゃん……。考えるだけでワクワクする。
テレビに映る人達も思い思いに屋台を巡り歩いていて、とても楽しそうだ。羨ましいな。そう思うと同時に、なぜだろう。心にポッカリと穴が空いたような気持ちになるのは。
「ねぇ、お姉ちゃん。お祭り、行ってみたいね」
ワクワクを共有しようと、お姉ちゃんにそう言ってみた。すると、
「そうだね。いつか行ってみたいね」
テーブルに目を向けたまま、お姉ちゃんは答えた。
それからしばらくして。夜もすっかり更けてきたので寝る準備をすることにした。畳の上に布団を敷く。形はいつものように隣り合わせだ。
「それじゃ、電気消すね」
お姉ちゃんがそう言うと、部屋は間接照明のみを残して闇に紛れる。お姉ちゃんが隣の布団へ潜るのがシルエットとして見える。
「おやすみ、奏多」
「おやすみ、お姉ちゃん」
挨拶を交わすと、それきり会話はなかった。しばらくソワソワと落ち着かなかったけど、そのうちに眠気がやってきて、とうとう眠りに落ちた。
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