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目が覚めると、涙が零れていた。一筋の濡れた跡を手の平で拭う。
あの夢は一体なんなのだろうか。お祭りに行きたいあまりに現れた願望か、それとも……。考えれば考えるほど、胸の奥が締め付けられそうになる。どこも怪我していないはずなのに、なぜか痛いと感じてしまう。僕は一体どうしたんだろう。
「どうしたの、奏多?」
お姉ちゃんの声。振り向くと、お姉ちゃんは先に起きていたようで、すでに身支度を整えていた。
「悲しい夢でも見てたの? お姉ちゃんに話せばスッキリするかもよ」
そう言って、お姉ちゃんは僕の頭を撫でる。その感触は夢に出てきた、あの女の人のそれとよく似ていた。
「ううん、大丈夫。夢は夢だから。もう平気だよ」
なんでもないように平静を装う。零れた涙を懸命に拭う。お姉ちゃんは心配そうに僕の顔を覗き込んでいたけれど、僕の言葉を信じたからか、何も言わないでくれた。
夢でみた場所はどちらも見覚えがあった。もしかしたら、この町のどこかにある場所なのかもしれない。それを確かめるため、僕は町を探索することにした。お姉ちゃんには目的を告げずに家を出た。
家からちょっと歩いた所に公民館がある。そこには町の地図が書かれた看板が設置されている。それを頼りに神社と公園を探すつもりだ。
公園は公民館からはそう遠くない。神社は山の麓辺りにあるけど、一日で周るには十分な距離だ。まずは公園から見てみよう。
今日も晴れの日で、太陽が容赦ない日差しを注いでくる。流れ出る汗が服に染みてベタつく。それが嫌に気になる。家から持ってきたタオルで顔の辺りを拭う。
公園に辿り着く。砂場も水飲み場も滑り台も鉄棒もジャングルジムも、ここにある何もかもが、静かに佇んでいた。
ここじゃない。夢でみた公園とは見た目が違う。けど、何かが引っかかる。何が?
表そうにも表すことのできない思いに苛まれながら、今度は神社を目指す。
何故だろう。いつも通りの町中を歩いているはず、なのに。どうしようもなく不安になってくる。あの夢をみてからというもの、僕の中で何かが渦巻いている感覚に陥っている。これ以上考えるのはダメだ。取り返しのつかないことになってしまう、そんな感じ。心臓のドキドキが徐々に速くなっていく。
とにかく、神社へ行こう。今はできることをやるだけ。よく分からないモノに怯えてどうするんだ。首を横に振って、半ば強引に思考を遮る。神社へ向かう足は駆け足気味になる。
そして、神社へ。結果は、違っていた。夢の中でお祭りが開かれていた所とは姿形が異なる。
確かめたいことは確かめた。それなのに達成感とかはなくて、ただ呆気にとられていた。
僕が探索したことは全くのムダだったのか。根拠はないけど、そんなことはないと思える。もう少し粘れば何かが解るかもしれない。
ダメ元で鳥居の奥へ進んだ。そこで思い出した。僕の手を握ってくれた、あの温もり。
人だ。夢の中のお祭りへやってきたたくさんの人たち。誰か知り合いがいたわけじゃないけど、人がたくさんいたのは憶えている。テレビでも大勢の人で賑わっていたのを映していた。
その人たちは一体どこにいるのか。どこからやってきて、どこへ帰っていくのか。それが解らない。
そもそも、僕はお姉ちゃん以外の人に出会ったことがない。あれだけ町を歩き回っていたというのに。ただの一度も、他の人に出くわしていない。なんで、そんな重要なことに気がつかなかったのか。
それが不安の正体だった。それとともに、新たな疑問が浮かんだ。解決するためには、家へ帰る必要がある。きっと全てが解るだろう。
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