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僕は布団の上で横たわっていた。あれから意識が飛んでしまったようだ。
「気分はどう? 少しは楽になった?」
お姉ちゃんは僕の枕元に座っていた。穏やかな声はさっきまでとは打って変わっていた。僕は肯定の意味でコクリとうなずく。
お姉ちゃんが僕の体調を軽く調べてくれて、それからはしばらくゆったりと沈黙が流れた。僕は布団にくるまって頭の中を整理し、お姉ちゃんはただ僕の頭を撫でてくれた。
「お姉ちゃん」
「うん、なぁに?」
「僕は、どっちを選べばいいのかな」
一方は両親や友達が待っていて、歩くことのできない現実。もう一方は、お姉ちゃんと二人きりでどこまでも自由に走ることのできる虚構の世界。
僕は直感した。お姉ちゃんの話は真実なんだ。ここは機械で造られた世界で、本当の僕は別の世界にいるんだ。
自由に歩けないのは嫌だ。またあの頃のような痛みと無力さに苛まれる日々を過ごすのは、もうたくさんだ。ここでなら、好きなだけ外を駆け回ることができる。家に帰ればお姉ちゃんが待ってくれているし、二人並んでご飯を食べることもできる。ここには自由がある。
でも、向こうの世界にはお父さんやお母さん、友達らが待っている。こうしている間も、眠り続ける僕をみんなは見守ってくれているのだろう。みんなに会いたい……。そんな気持ちが次々と溢れてくる。
「奏多」
僕の名を呼ぶ声。それにつられて、お姉ちゃんの顔を見る。まっすぐな視線は、僕の答えをじっと待ってくれている。
そうだ。僕がもし現実へ戻ったとすれば、お姉ちゃんは一体どうなるのか。誰もいないこの空間で、たった一人で暮らすことになるだろう。次の患者が来るまで、ずっと一人で。
散々悩んだ。同じようなことを延々と繰り返し考えた。その度に胸が張り裂けそうになった。それだけの重さが、この選択にかかっているんだ。どれだけの時間が経ったことか。そして、僕は────。
とある病室にて。ベッドの上で、いくつもの機械に繋がれた少年が眠っている。彼の周りを囲うようにして、彼の両親と彼の主治医らが目覚めを待っている。沈黙が保たれていた中、彼の母親がポツリと呟く。
「私、時々怖くなるの。このまま奏多が向こうの世界へ行ったまま帰ってこなくなるんじゃないかって。夜、寝る前にそんなことを考えるものだから、一晩中体が震えてしまうのよ」
母親はうなだれる。やがてすすり泣く声が漏れ出る。そんな彼女を慰めるように、父親が彼女の肩を抱く。
「帰ってくるさ。今はちょっとばかり遠い所へ留学に行ってるんだと思えばいいんだ。こうしている間にも、奏多の足を治すための治療が施されている。いつまでも絶望的な現実のままにしてはいないだろう。僕達にできることは、奏多の帰りを待ってあげること。それだけさ」
彼の言葉に、少年の母親は静かに涙を流す。
「奏多くんの治療は今も問題なく進められています。それに、当院のVRシステムは最先端の技術を結集した代物ですので、ご心配には及ばないでしょう。こうしている間も、奏多くんはVR空間の中で幸せに暮らしています。彼の足が治るまでは、我々が万全の体制でサポートさせていただきます」
少年の主治医は母親を安心させるための言葉を紡ぐ。泣き続ける母親に代わって、父親が「ありがとうございます」と答える。
やがて、面会の終了時間となり、少年の両親は病室を出ることとなった。後ろ髪を引かれるような思いで、部屋を去る二人。医者らも、引き続き治療にあたるための準備をするため、一旦病室を出る。
誰もいなくなった病室に、少年一人。少年は依然として沈黙を守っている。酸素マスクに覆われた彼の表情は、とても穏やかだった。いくつもの機械が奏でる無機質なメロディーだけが部屋中に響き渡った。
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