第06夜 土手鍋風トマト豆腐キムチチゲ

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 オレはストーブのあちこちを点検して石油を足し、火を点けた。  少しするとほーっと暖かくなってきたよ。  オレはしゃがんでストーブに手を近付けた。  「火」ってのはあったけえよな。  人間が進化を始めたのは火を怖がらなくなってからだと何かで読んだ記憶がある。  つまりはそれ以前は原始人だったってえワケだ。  火に安らぎを求めるのは人間が原初の記憶にすがってるからかもな。  オレは部屋の中の冷気が穏やかに駆逐され、ぬくもりに取って替わるのをぼーっと感じていたが、 「おっと、いけねえ」  我に返って立ち上がった。  こんな晩はあったけえもンを喰らって、酒呑んでさっさと寝ちまうに限る。  オレは台所に向かった。  最近、コンロをIHに変えようかと思案してたんだが、今日のところはまだ変えてなくて良かったよ。  電気が来てなくてもガスは来てる。オレは試しに点火してコンロが生きてる事を確かめた。  一旦火を落として、残ってる支度を終える事にした。  何しろ灯りはストーブの僅かな揺らめきだけだからな。火を使うのは最後にしよう。  オレはまずランタン式の懐中電灯を取り出して手元を照らし、水切りしてた豆腐を切り分け、野菜も刻むと食器と箸を用意した。  さあて、後は酒だけだ。  鍋と言やあポン酒が定番だろうが、今日のシチュエーションを考えると、やっぱりビールだ。  …しつこいようだが、ビールったって、ホンモノのビールじゃねえ。新ジャンルだよ。  なンで今日のシチュエーションだとビールなんだ? ってえとな。  昔、読んだんだよ。いわゆるショートショートってえやつだな。  ショートショートの神様、みてえに言われてた作家の短編集の中に、世界一の幸せの話ってえのがあるんだ。
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