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2︰猫の親分
数日前に辿り着いた不思議な喫茶店『午後3時の休憩所』
なんとか時間が取れた午後3時。
俺はまたその秘密基地を訪れた。
カランカランとドアベルが軽やかな音を立てて入店を知らせる。
「「いらっしゃい」」
そして今回も2人の声が俺を迎えてくれた。
⋯のだが⋯
どうしたの歩くん!?片腕が無いよ!?!?
「あー⋯まぁ、そりゃあびっくりするよなぁ」
半袖のシャツから覗く肘から先の無い左腕を、パタパタと振り苦笑いを浮かべる歩くん。
まるでこれが普通の反応だった、と気付いたかのような様子に動揺しかない。
なんでそんなに平然としてるの?
俺わからないよ??
「この辺を縄張りにしてる猫の喧嘩に巻き込まれちゃったらしくて⋯」
ボロッと、ね?と苦笑いを浮かべる理さんも簡単に言わないで?
腕がもげる喧嘩の巻き込まれって何。
「猫の爪がこう、ガッツリ刺さって広範囲に抉れてな?損傷具合がやばくて、もげちゃったんだよなぁ」
痛いは痛いけど、一月もあれば治るから大丈夫だってと宣う歩くん。
え?
もげてるんだよ?治るの??
「ウーパールーパーって⋯」
「メキシコサラマンダー!」
「⋯メキシコサラマンダーって物凄く再生能力が高いんですよ。腕や足の損傷なら沢山栄養摂ってゆっくり休んでいれば綺麗に生えてきちゃうんです」
トカゲが襲われた際に尻尾を自切して逃げるように、ダメになった部分を切り離して新しく再生するんだとか。
浅い傷だったら内臓、それも心臓や脳ですら再生する可能性もあると⋯
なにそれ凄いね?
そしてやっぱり歩くん気にする所はそこなのか。
食い気味に叫んで言い直させてるし⋯
元気そうで良かったけども⋯!
「で、今日その猫共が見舞いに来るって話なんだけど⋯」
騒がしい奴らだから煩かったらごめんな?と謝る歩くん。
そんな事より君は安静にしててください。
見てて痛々しいの!
でも早めの迷惑料として出されたクッキーめっちゃ美味しいです!
とりあえず折角だからコーヒーと今日のオススメデザート、マンゴームースを頬張る。
なにこれめっちゃ美味い。
濃厚なマンゴーのムースにオレンジのソースがさっぱりしてうまうま。
あ、下の方にマンゴーの果肉もいる。
ゴロゴロしてる、最高かな?
デザートに酔いしれていると、突然勢いよくドアが開かれた。
「山椒魚の兄ちゃんー!お見舞いに来たぜー!!」
ドンガラガッシャン!とドアベルの音とは思えない派手な音が響く。
振り向くとそこに居たのは猫。
正しく人間サイズの猫。
随分と元気な二足歩行のサバトラ柄の猫がどうだ!とばかりに得意げに立っている。
そして派手に開かれたドアの余韻で鳴り続けるドアベル。
うん、なかなかにシュール。
山椒魚⋯
そういえばメキシコサラマンダーのちゃんとした和名はメキシコサンショウウオなんだったっけ。
だから山椒魚の兄ちゃんかぁ。
「⋯兄ちゃんうるさい、迷惑だよ」
「お前はもう少し考えて動け⋯」
後ろからひょっこりと顔を出すのは同じく二足歩行をしている黒いハチワレ柄の猫。
そしてその後ろには一回り大きなフワフワの毛並みの猫。
厳格な雰囲気のわりにクリンとした大きなグリーンアイ、キジトラの模様の入ったラグドール⋯
いや、あれは確か細かい柄や色の指定があったはずだからラグマフィンか。
聞いてた通り、アニマノイドにも色々なタイプがあるんだなぁ。
この子達は皆、獣寄りだ。肌色成分がない。
⋯で、もふもふの彼、尻尾が二本あるけど⋯
猫又⋯?まさかの妖怪なの??
「おー、待ってたぜ親分」
「あぁ、家の若いもんが済まなかったな」
ほら、お前も頭下げろとサバトラ猫の頭に猫パンチを放つ猫又さん。
それに対し、はいぃぃ!!ごめんなさい!!と半分叫びながらお手本のように直角に頭を下げるサバトラ猫。
なにこれ、ちょっと任侠っぽい。
「彼等はこの街のアニマノイドの猫の元締めで、他所から悪さをしようとして入ってくるものから街のアニマノイドを守ってくれてるんですよ」
困惑する俺に、普段はこの近所で普通の飼い猫をしてるんですけどね?と教えてくれる理さん。
マジで⋯?
もしかして普通の猫サイズに縮むの?
「お兄さん初めましてだね」
最近来るようになったの?と声を掛けてきたのは後ろに隠れていたハチワレの子だ。
すんすんと俺の匂いを嗅いでいる姿は本当に猫そのものだなぁ、大きいけど。
ついこの間初めて寄らせてもらったんだよと答えると、満足げに頷く。
嫌な匂いもしないから良い人だ、と俺を認めてくれたハチワレくんは『吉光』という名前なのだそうな。
ちなみにサバトラくんが『国広』、親分が『虎徹』というらしい。
なんでも飼い主が刀剣好きらしく、刀工の名前を付けられたのだとか。
うん、和風でかっこいいね。
「理ー!親分から肉貰ったぞ!良い肉!!」
理さんと吉光くんと3人で話していると、虎徹さん達と話していた歩くんが怪我のない右腕に小包をしっかりと抱えて走ってくる。
余程良いお肉らしい。
目がキラキラしてるし、凄く嬉しそうだ。
「ホント?じゃあ今夜はご馳走だね」
親分ありがとうございます。と虎徹さんにお礼を述べる理さんと、その肉を食って早く良くなってくれと笑う虎徹さん。
義理と人情を重んじる、強くて優しい目が印象的な猫だなぁ。
きっと彼が元締めなのはその優しさに皆がついてきた証なのだろう。
肉だ肉だと喜んでいた歩くんが小さくケホケホと咳をする。
はしゃぎ過ぎて噎せたのかな?
「歩、そろそろ休んだ方が良いんじゃない?
咳も出てるし、活動限界でしょ?」
本来水生であるウーパールーパーの幼生である歩くんに、長時間の陸上の活動はそろそろ限界らしい。
ウーパールーパーの成体は陸上生活が主になるから、元々肺はある。
でも基本は幼生のままで生を終える為にあまり発達はしていないから、その機能の発達を促す為に毎日数時間ずつ水槽外で活動しているんだという。
そしてそれがこの店が午後3時から1時間しか営業していない理由だと。
なるほど、そんな理由があったのか⋯
解せぬという顔をしつつも辛かったのか、素直に上がって行く歩くんが見えなくなると、虎徹さんが口を開いた。
「そろそろこの店の結界も見直した方が良さそうだな」
「そうですね。今回の件、喧嘩に巻き込まれたんじゃなくて、本当は歩が狙われたんでしょう?」
なんだって?どういうこと!?
「ウーパールーパーの幼生は再生能力が高い、そこを利用してアニマノイドでは無い普通のウーパールーパーは実験動物としても使われているんです」
確かに、研究者としては切り離しても再生する性質は便利なものなのだろう。
でもそれは普通のウーパールーパーの話なんじゃ⋯?
「『普通の』科学者は、な」
丸い目をスっと細める虎徹さん。
その強調、まさか⋯
「歩は元・実験動物だったんです」
二十年前に逃げ出した歩を、俺が拾うまで。
それは、なるべく考えたくなかった答えだった⋯
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