1︰時間限定隠れ家どうでしょう?

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1︰時間限定隠れ家どうでしょう?

 5月も末。  就職を機に引っ越してきたこの街にもそこそこ慣れてきた頃、俺はとある不思議な噂を耳にした。  なんでも『午後3時から1時間だけ営業している喫茶店』があるというのだ。  しかもその場所も曖昧なもので、ある者は街の東だと主張し、またある者は街の北はずれだと主張する。  まぁ、それも皆一様に辿り着いたことの無い人間の言葉故に信評性は皆無といっていいだろう。  ここまで曖昧だといっそこの世のものでは無い、と言われた方がずっと納得がいくというものだ。  そして、そんな事を徒然と考えていた俺の目の前の店には『午後3時の休憩所』と看板が掛かっていたのだった。  時間もちょうど午後3時、折角辿り着いたのだし入ってみようとドアを開ける。 「「いらっしゃい」」  カランカランと軽やかなドアベルの音と共に、年若い青年の声と声変わり前のボーイソプラノが俺を迎えた。  ここのマスターであろう青年の方は穏やかに笑みを浮かべてカウンター席に俺を案内してくれた。  飾り気のない素朴な風貌は、言ってはなんだが地味な印象を受ける。  それに反して、お冷とおしぼり、それからメニュー表を持って現れた少年の姿は異様だった。  淡い桜色の髪、気の強そうなキリリと吊り気味の黒曜石の瞳、白く柔い肌はまるで西洋のビスクドールのようだ。  ⋯⋯耳から顎辺りにある赤いヒレのようなものを除けば  あまりの事に目を見開いた俺を見て、少年はそれはもう口いっぱいの苦虫を噛み潰したような顔をし、見守っていた青年はクスクスと笑い声をあげる。 「もしかしてお客さん、『アニマノイド』見るの初めてですか?」  不躾な反応をしてしまった事を少年に謝っていれば、青年にそう問い掛けられる。  アニマノイド?なんだそれは⋯ 「おれみたいに人間と動物の中間みたいな奴の事だよ」  おれはまだ人間寄りの見た目だけど個体差でもっと動物寄りの奴も居る、と未だぶすくれたままの少年が説明してくれた。  なるほど、それでアニマノイド。 そんな生き物は今の今まで見た事も聞いた事も無かったな。  なんでもこのアニマノイド、この街にはそこそこの数が人間に、動物にと紛れて生活しているのだという。  そして、この喫茶店はそんなアニマノイドと彼らと関係のある人間の憩いの場なのだと。  え、そんな所に部外者の俺が来ちゃダメなんじゃないか? 「大丈夫ですよ。ここにはアニマノイドに悪さをしようとするような人間は来られないように、ちょっと仕掛けがしてあるんです」 なので内緒にしてくださいね?  口元に人差し指を添え『シーッ』といたずらっ子のような笑みを浮かべる青年を見て、「絶対誰にも言わない」と心に決めた。  この人、絶対怒ると怖いタイプだ。  基本的に少数を相手にする事が前提である為か、ドリンクメニュー以外は軽食もデザートの類も本日のオススメのみではあったがそれが最高に美味しかった。  ブレンドコーヒーは香り高く苦味の弱い初心者でもブラックで飲める物であったし、一緒に頼んだ本日のデザートのシフォンケーキはフワフワ。  凄く幸せな気分。  デザートと言えば、作っているのはマスターである(おさむ)さんではなくアニマノイドの少年・(あゆむ)くんなんだそうだ。  話を聞けば小さい頃からおっとりとした理さんの世話を焼く歩くん、というのが日常だったと⋯ ⋯ん?  それだと年齢が合わないような⋯?  不思議に思う俺に歩くんから特大の爆弾が放たれる。 「俺達同い年の幼馴染みなんだよ。種族のせいで俺は成長止まっちまってんの」  は?! そんなのありなの?! 「あはは!やっぱりわからないですよねぇ ネオテニー、って幼体のまま大人になる事を言うんですけど、歩はウーパールーパーのアニマノイドだから」 「おい理!その名前で呼ぶな!かっこ悪い!!」 「えー?じゃあアホロートル?」 「英名はもっとやめろ!!」  メキシコサラマンダーって言え!!と噛み付くように叫ぶ歩くんは必死だ。 うん、ウーパールーパーとかアホロートルって言うとなんかマヌケに聞こえるよな。  あ、ウーパールーパーって事はあの赤いのヒレじゃなくてエラか。  あまりに子供扱いされるのが不服なので、成体になる為に段階的に水中から離れる訓練中なのだとか。  そして楽しい時間というのはあっという間なもので、もう閉店時間である午後4時だ。 なんだかんだこの1時間で2人とは仲良くなれたように思う。  また来させて貰う約束をして店を出る。 あぁ、今日はなんて良い日だったんだろう。 良い秘密基地は見つかるし、コーヒーもケーキも美味しい。  明日もまた頑張るぞ、と大通りへと歩き出す俺だった。
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