2 七月二十日

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2 七月二十日

06. 創作ノート  朝、目が覚めたオレは、トーストとカフェオレをかき込んで家を出る。  またしても寝坊気味で、二日連続して小走りの登校になった。  作品を書いたノートは、一応ランドセルに入れてきた。  休み時間に出すと、山田あたりに何を言われるか分かったもんじゃないが、今日は退屈な社会が二時間もある。  上手くやれば、授業中に続きを書けるかも。  六時間授業は今日で終わり、土日の休みを(はさ)んで、月火と登校すれば晴れて夏休みだ。  皆が自由課題について情報交換に励む中、山田は遊ぶ計画を練るので頭がいっぱいらしい。  授業の合間は、そんな山田や蓮が、オレの予定を尋ねてくる。  プールや花火、夏祭りへの誘いに生返事をしながら、オレはオレで別のことが頭を占めていた。“創作ノート”の続きだ。  いつ当てられるか分からない算数や理科では、大人しく授業に集中する。  三時間目からどうにも調子が悪いと言うか、何度も不運に見舞われた。  国語では、前回までで読んだ評論に対して、自分の意見をまとめてくる課題が出ていたそうだ。  うっかり聞きそびれていた時に限って、発表するようにバッチリ指名されてしまう。  しどろもどろの回答では、その場で考えて喋っているのが一目(いちもく)瞭然(りょうぜん)で、夏休み気分にはまだ早いと皮肉を言われる始末だ。  気を取り直して四限はプール、と思いきや、気温が高過ぎるので室内で競技ルールやスポーツマナーの授業に変更されていた。  つまらない上に、一人プールバッグを持参した自分が馬鹿みたいに見える。  山田には暑さボケじゃないのかと呆れられたものの、連絡があったのは昨日の帰りの会だと言う。  そのタイミングだと、羊に気を取られ、先生の話が耳を通り過ぎていたのを思い出した。  給食の時間、他に聞き漏らしがないか、一番優等生っぽい同級生へ質問する。  名前は似ていても、断じて山田ではない。 「山丸さん、昨日の帰りの会の連絡、教えてほしいんだけど」 「えっ? あ、うん。いいよ」  ずいぶん驚いた表情をしつつも、連絡ノートを取り出して先生の話を再現してくれた。  理科の自由研究を選択した際の補足注意ってのがあり、自分のノートに書き写す。  豆腐サラダを嫌そうに食べていた山田が、何か言いたげにその様子をジロジロと見つめた。 「なんだよ、昨日はぼーっとしてたんだ。そういう日もあるだろ」 「いや、まあ、そうだけど……」  山田から正面に顔を戻すと、波崎まで食事を中断してオレの顔を見てる。  さらに視線を感じて、そうろと右隣へ振り向いたオレは、剣沢と目が合ってしまった。  ケンを相手に「なんだよ」とは言いづらく、ノートを片付けて黙々とハムカツに食らいつく。  今の一連の会話に、注目を浴びるような要素があったか?  納得いかないまま給食は終わり、掃除の時間を経て五、六時間目の社会へ。  熱中症の心配をしておきながら、スライド鑑賞のために教室のカーテンが閉められた。  さすがにエアコンをつけてくれたけど、三十度設定じゃ大して冷えない。  照明を切った暗い教室に、みんなが下敷きで扇ぐペコペコという音が響いた。  そんな中、オレはというと創作ノートを広げて、昨夜の続きにいそしむ。  波崎が横目で頻繁にこちらの作業をうかがうのは、何をしているのか見当がついているからだろう。  休憩時間を除く午後の二時間近くを執筆にあてることができ、細かな字で二ページを追加した。  放課後、彼女がまた話があると言うので教室に残る。  帰り支度を済ませたオレに、波崎は一冊の分厚い本を手渡した。 「それ、読んだことある?」 「(おも)っ! 『サリーと妖精の騎士』……題名は知ってる」  子供から大人にまで愛される、世界中で人気のベストセラーだ。映画化もされたし、テーマパークのアトラクションにもなった。  読みやすい小説らしいけど一冊の分量が半端じゃなく多く、続刊も十冊くらいある。  ちょっと幼稚なファンタジーだと思って、母さんに勧められてもオレは読もうとしなかった。 「長文を書くのに、参考になると思う。魔法とかモンスターを題材にすると、話が続けやすいよ」 「ああ、それはわかるよ。でも、こんな厚い小説、読んでる暇が――」 「流し読みでもいいから。返すのは夏休み明けでもいい。毎日書かないといけないんでしょ」 「そうだけど……。まだお前から、ミューズの詳しい説明を聞いてねえぞ。大体、どこで呼び出し方を知ったんだ」 「本で読んだのよ。小説技法の解説書があって、そこに載ってたの」  どうやら、波崎こそ小説家になりたかったようだ。  図書委員が愛読する『読ませる技術』という本には、題名通り文章を書くテクニックが解説されている。  ところが、(いた)って真面目なこの本の一節に、ミューズを召喚する方法が記してあった。 「荒俣(あらまた)彦々(ひこひこ)って作家なんだけど、ミューズを呼んだのが売れっ子になったきっかけみたい」 「その名前は知らない。有名人?」 「アニメになった話もあるよ」  挙げられたタイトルは、自分も漫画で読んだものだ。ちゃんとした作家が書いた本なのは、確からしい。  もう少し詳細を聞きたかったが、波崎は用事があるため早く下校すると告げた。 「土日は空いてる?」 「特に予定は無いよ」 「じゃあ、明日会って話すわ。とりあえず、時間があったら読んでみてね、それ」 「おいっ、明日っていつだよ――」  質問に答えず、振り返りもせず、波崎は走り去る。  時間も場所も決めないで、どうやって待ち合わせするつもりだ。お互い住所も知らないのに。  なんだかミューズの話をするのを、上手くはぐらかされてるようにも感じる。  でも、本を貸してくれたのは、アイツなりに助けようと考えたからか。  国語嫌いに読書を勧めるのもどうかと思うが、気が向いたら目次くらいは読んでもいいな。  『読ませる技術』の方が、よっぽど気になるけども。  重量級の単行本をランドセルに押し込み、オレも教室を出る。  いよいよ蝉が本気を出してきた夏の夕方、暑い日差しが緩くなるにはまだ時刻が早く、汗だくになって家に帰った。 ◇  帰宅して自分の部屋に入ると、机の上に見知らぬ文庫本が積み上がっていた。  父さんがリストに書き出した本を、昼のうちに母さんが運んでおいてくれたそうだ。  そのリストも隣に置いてあり、書名の隣に○や△の印が付いている。  ○が父さんのオススメで、ごく短い短編、いわゆるショートショートばかりの作品集だった。  裏表紙に載っているあらすじを読んで、他にどんな本を選んだのか見てみる。  △は長編が大半ではあるものの、小学生でも面白いと父の字でコメントが書いてあった。  時間を跳び越す学園物のSF、一匹だけ生き残った最後の竜が主人公のファンタジー、シャーロック・ホームズが活躍するミステリ。  どれも興味が持てる内容で、父さんのチョイスに少し感心する。  経済とか技術関連の難しい書籍ばかり読んでいるかと思いきや、こんなに小学生向けを用意してくるとは思わなかった。  この中でホームズは有名だし、さすがのオレでも何編かを子供版で読んだことがある。  蛇騒動のあと、工事ロープの切れ端を見つけた山田が、器用に波打たせて遊んでいた。  黄色と黒の縞模様になってるアレだ。蛇と見間違えた女子が、ギャーギャー叫ぶのが楽しかったらしい。 「これぞまさに“(まだら)の紐”」とか言ってたところを聞くと、アイツもホームズは読んだのだろう。  自分で書くにしても、ミステリやSFはカッコイイから題材に採用したくなる。  とは言え、そんなまともな小説は、難易度もマックスなのが目に見えていた。  ここはやはりファンタジー、それも昨日から書いている王道でいく。  女神に召喚された勇者、それが自分。生まれた村から出発し、モンスターと戦いながら魔王の居城を目指す。  夕食のトンカツをハムスターのように高速で噛み、あっという間に食べつくして二階に戻った。  好物だろうが食べ散らかす姿に母さんは唖然としていたが、知ったこっちゃない。  オレのオリジナル物語、『ラストモンスターズ』は快調にページを増す。  ラルサの現れる八時まで、脇目もふらず執筆に(はげ)んだ。
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