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「あの、さ」 夏休み間近の放課後の、セミの声しか聞こえない教室で。 ハーレム君の一人が顔を真っ赤にしている。 この空気は知っている。 もう何度も経験してきた空気だ。 「俺もう、あさひちゃんをシェアするの嫌なんだけど」 「シェアって……」 「いや、ごめん、言い方悪いよな。でも、好きなんだ、あさひちゃんのことが」 「ありがとう。でもごめんなさい。私、好きな人がいるの」 「バスケ部の奴だろ? 知ってるけどさぁ……あいつ、いっつも女に囲まれてニヤニヤしてて、すげぇ軽いじゃん。ああいう軽薄な男はあさひちゃんには似合わないよ」 軽薄って。 思わずふき出しそうになるのを、必死でこらえた。 「しん君は軽くないよ。ファンの子に全然手を出してないもん」 「それ、噂だろ? 俺が聞いたのは、寄って来る子全員食ってるって――」 「それも、噂でしょ?」 あさひは引かない。 可憐で儚げないつもの雰囲気に、強い眼差しを加えた。 「しん君はずっと、私の王子様なの」 「片想いなんてしんどいじゃん。俺と付き合ったら絶対大事にするよ」 「いらない。もう、私に近付かないで。」 「じゃあなんで、もっと早く拒否してくれなかったんだよ!」 「はい?」 あさっての方向に話が飛んだ相手に、きょとんとする。 「俺たちみんなお前のこと好きなんだって、当然分かってたよな? それをはべらせて満足してるとか、お前もあいつと同じだな」 お前呼ばわりした挙句に、正々堂々と正論ぽくディスり始めた。 「べ、別にはべらせてるつもりなんて」 「あっただろ!? ハーレム作って女を敵に回して、それでも男は全員自分の手駒だって思ってたんだろ!」 被害妄想が過ぎる。 自分を手駒だなんて、卑下しすぎだ。 「みんなが親切で色々手伝ってくれてるんだって、そう思ってたし……友情ではないのは分かってたけど、それでも、友人ではあると」 「そんなわけねーだろーが。他の取り巻きだって全員、お前とどうこうなりたいから近くにいるに決まってるだろ」 「まじ、さいてー」 相手をぎゅっと睨みつけ、かばんを掴んで教室を飛び出してきたあさひと対峙する。 見られていると思っていなかった彼女は、涙を浮かべた大きな目をはっとさせ、そして恥ずかしそうに俯いて横をすり抜けていった。 今すぐに呼び止めて、何かを言ってあげるべきなのかもしれない。 だけど、俺に何を言う資格があるというのだ。 完全に彼女を振ってしまったばかりなのに。 2週間前。 京香のはからいで彼女と2時間ほど2人きりになった。 最初こそ互いに緊張していたものの、少しずつ打ち解け、他愛もない昔話で盛り上がった。幼い頃から手の甲にある傷が、あさひを助けた時についた傷だといわれた時には驚いた。 こいつは名誉の勲章だったのか、と。 「私にとって、あの時からずっと、しん君は王子様なの」 昔の呼び名でそう言われて、息が止まるかと思った。 顔を真っ赤にして、手の甲の傷に触れたあさひがぐっと詰め寄ってくる。 「ずっとずっと、転校した後も、しん君のこと好きだったの……」 いやいや、まじかよ。 あのチビデブの俺の話か? てっきり、今のこのモテモテな俺に寄ってきてるんだと思ってたのに、まさかのチビデブ時代からかよ。 天使かよお前。 天使だなお前。 「今も、好き。見た目はなんかこう、別人になっちゃったけど、でもやっぱりしん君が好きなの」 おいぃ!!!! 京香、どうしよう。 まじどうしよう。 俺、これは想定外だった。 こんな告白のされ方はちょっと、想定から外れすぎてて対処できない。 「それは、どうも」 なーにスカしてんだ、俺! 違うだろう、俺!! 嬉しさよりも衝撃のほうが強すぎて、真顔を保つのに必死だ。 いやそもそも、まだ喜んじゃいけない。 嬉しさを隠さなければならない。 なぜなら、俺サイドの問題を何も解決していないから。 あのハーレム女子たちをどうにかしないと、このまま彼女と付き合ったりしたら彼女が彼女達から虐められてしまう。 あぁ、「彼女」ばかりが連なって、もう何がなんだか分からないよ。 助けてくれ、京香。 「俺、今はそういうの無理だから」 いーいーかーたーーーー!! 完全に間違えた。 もっと違う言い方をしないと、これじゃあまるで迷惑がっているみたいじゃないか。 迷惑なわけないじゃないか。 違うんだ、今はちょっとテンパってるだけなんだ。 本当は、嬉しいんだよ。 ただ今は、正常な判断力と語彙力が崩壊してるだけで。 「うん、分かってる。ごめんね。聞いてくれて、ありがとう」 そう言って彼女は立ち上がった。 「ごめん、帰るね。京香ちゃんにはあとで連絡するって伝えておいて」 固まったまま無言で見送った俺は、なんて情けない男だったんだろう。 せめて追いかけて、誤解だけでも解くべきだった。 帰ってきた京香にゴリゴリに叱られて、ぐうの音も出ないほど叩きのめされて、それでもひと言も返す言葉がなかった。 俺は世紀の大阿呆なのだ。 そこまで回想したところで、振られハーレム君が教室を出ようとする気配に気付き、慌てて隣のクラスに隠れる。 とぼとぼと廊下を歩くハーレム君もきっと、今は後悔の渦で窒息しそうになっているに違いない。 色々むかつく事を言っていたが、気持ちは分かる。 気持ちが昂ぶりすぎて言葉を間違えただけなんだよな。 感情を正確にアウトプットするって、本当に難しいんだ。 それを俺は知っているよ。 まぁ、いつかきっと、君を好いてくれる女子が現れるさ。 その相手は残念ながら、あさひほど可愛くはないだろうがな!!!
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