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⑧
「しつこいって思われたと思う?」
「庇ってくれてありがとうって思われたんじゃない?」
「そ、そうかな」
「気にしなくていいよ。あいつ、今は彼女作る気がないってだけでしょ? あさひが嫌だとかいう訳じゃないんだから、簡単に諦めない方がいいよ」
2週間前に逃げてしまったので、今日は京香ちゃんのお家で仕切りなおしのお泊まり会をしている。
女子とお泊まりだなんて、それこそ小5で引っ越して以来のことだ。
あの頃とほとんど変わっていない京香ちゃんの部屋は、あの頃と変わらず居心地がいい。
「そういえば、京香ちゃんのおじさん、なんか若返ってない?」
前回はお留守だったご両親も在宅で、先ほど数年ぶりに挨拶した。
おばさんには懐かしさを感じたし、向こうも喜んでくれたけど……おじさんとはほとんど接点がなかったこともあり、全然思い出せなかった。
それに、向こうも覚えてないみたいだった。
「うちの父親のこと、覚えてるの?」
「ううん、全然覚えてないんだけど、とても高校生の娘がいる感じではないなぁって」
「あー、あの人まだ36歳だから」
「!!」
ってことは、まさか、京香ちゃんが生まれた時は10代……
「再婚なんだよ。うちの両親」
「そうなの!? 知らなかった。京香ちゃん引っ越してないからてっきり……」
自分の親が離婚している事は、あまり人には言っていない。
言うほど親しい相手もいないのだけれど。
でも、京香ちゃんの家もそうだとは思わなかった。
「ちなみにあれ、5人目だから」
「え?」
「生まれてから、5人目の父親」
「……おばさん、モテモテだね。美人だもんね」
「60歳までは恋愛し続けるらしいよ。まだあと20年近くあるんだけど」
「おばさんも若いね」
京香ちゃんのおばさんは看護師だ。
近くの大学病院でバリバリお仕事していて、自分の母親が恥ずかしくなるくらい、スタイルが良くて美人で。
たまに病院で見かけるとあまりにもカッコ良くて、密かに憧れていた。
正直、おばさんと呼ぶのが申し訳ないくらいだ。
一方で、しばらく会っていない自分の父親を思い浮かべる。
私の父も高校生の娘がいるにしてはかなり若い方で、5人目の京香ちゃんのお父さんと大して変わらない年頃のはずだ。
もはや何歳か思い出せないけど。
母が27歳のとき、勤め先にインターンに来ていた大学生の父を強引に口説き落とし、私を身ごもって電撃婚したらしい。
そんな熱烈な恋愛でも、壊れる時は壊れるものなんだよな……そう思うとちょっと切なくなってしまう。
「ねぇ、もしかして、相手はお医者さん?」
「今の人は元患者。実は、今の人が何の仕事してるのかよく知らないんだよね。会社勤めはしてるみたいだけど。あさひがこっちに住んでた頃の父親は、同じ病院の医者だったよ」
それは、当時も両親揃って忙しかったわけだ。
本当はもう少し話を聞いてみたかったけど、京香ちゃんの表情が沈んできたので慌てて話題を変えた。
父親がコロコロ変わる話なんて、したくなかったよね。
「こっ恋人さんは? どこの学校なの?」
京香ちゃんの顔が途端にぱあっと華やぐ。
頬を染めて、嬉しそうに笑う。
わー、恋人さんのこと、大好きなんだなあ……
「学生じゃなくて、社会人なの。結構年上だから、まだ親にも話してなくてね」
「社会人! カッコイイ!! 大人の恋愛だぁぁ」
子どもの恋愛すらしていない私には、眩しくて仕方ない。
好きな人と思いが通じ合うって、どんな感じなんだろう。
そんな風になってみたい。
「子ども扱いされっぱなしだよ。だから、高校卒業まではほとんど電話だけだし、会うのも月に1回だけだし」
「忙しいんだね。何歳の人? なんて呼んでるの?」
京香ちゃんが一瞬かたまって、そして、申し訳なさそうに笑った。
「恥ずかしいから全部ないしょ」
「えっなんで!!」
「恋バナとかキャラじゃないし。聞くのは好きだけど、自分のことはちょっと」
「えぇぇぇぇー京香ちゃんの彼氏の話聞きたくて楽しみにしてたのに」
ごめんね、と京香ちゃんがチョコポッキーを差し出した。
「今はこれで我慢して」
「やっす! 買収安いなぁ!」
そうして、2人でひとしきり笑った。
こうしてると、昔に戻ったみたいだ。
ここに彼もいてくれたらもっと最高なのに……それはもう、叶わない。
「え、なんで急に泣き始めたの!?」
ぎょっとした京香ちゃんの声で気がついた。
いつの間にか涙が零れていたらしい。
「あぁ、ごめん、昔に戻ったみたいって思ったら、ここにしん君がいないのが急激に悲しくなっちゃって」
差し出されたティッシュをボックスごと受け取り、思い切り鼻をかむ。
そういえばこんな遠慮のないこと、長らく人前でしてなかったな。
京香ちゃんの前でだけ、私は本当の私に戻る。
活発で、外で走り回るのが大好きだった、子どもの頃の私に。
「告白なんてしなければ良かった。ただ再会した幼馴染として、一緒にいられるようにすれば良かった」
これは、本心だ。
こんなに距離が空いてしまうなら、友情という名の壁越しでもいいから隣にいたかった。
「そっちの方が、苦しかったと思うよ」
京香ちゃんが言う。
それも正しい。
「ねぇ、もう、キャラ作るの辞めたら? 元のあさひに戻って、一緒にバスケしようよ。あさひ上手だったから、うちのチームも喜ぶと思う」
「今さら無理だよぉ。体育以外で運動なんてしてないし、ダイエットし過ぎてバスケする体力もない」
「ほっそいもんねぇ」
「そりゃ、はぁちゃんみたいな可憐女子目指してるから」
彼好みの<まじかるちゅーんず>のはぁちゃんに近付くことが、ここ数年ずっと私の目標だったから。
華奢であることは絶対条件だと思ってきたから。
「あいつだって、あさひのこと嫌いなわけじゃないよ」
うん、知ってる。
昨日ハーレム君に告白がてら酷いこと言われて、教室を飛び出したら彼がいて。その眼差しが、全力で心配してくれてる昔のしん君と同じだったから。
嫌われてはいない。
ただ、恋愛対象外だっただけ。
「ね、あさひ」
「うん?」
「ハーレムももう、やめなよ」
「いや、ハーレム作ってるつもりは一切ないよ」
彼らは勝手に集っているだけだ。
「女子の友達を作ろう」
「え、なんで急に」
「本当のあさひを知ったら、すぐに友達できるから。もう、私に構わないでってちゃんと言おう。告白してきた人みたいに、いつか叶うかもって勘違いしてる男もいるだろうし。男友達が悪いとかじゃなく、一方的にかしずかれる関係に甘えるのは良くないよ」
かしずかれているつもりはないが、京香ちゃんの言いたい事は分かる。
他に友達がいないから、集まってくれる彼らに甘えているのは確かだ。
だって、一人ぼっちは怖い。
「よし、じゃあ月曜から女の子と行動しよう。大丈夫、1組の友達に声掛けとくから。同じ女バスでね。さっぱりした、付き合いやすい子たちだよ。」
「京香ちゃあぁぁあん」
しん君は昔からずっと、私の王子様だけど。
優しくて頼もしい京香ちゃんもずっと、私の女神様だ。
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