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二つ以上手荷物を持つと必ず一つをどこかに忘れてくる。
中でも一番忘れやすいのが傘だ。
電車に乗ると忘れ、晴れたら忘れる。高級傘にすれば忘れないとアドバイスを受け、清水の舞台から飛び降りる覚悟で買った傘を数週間でなくしたときは珍しく己を責めた。
そんな思いはもうするまいとそれからはなくしてもいいようにビニール傘にしている。
今の傘は珍しくなくさず数ヶ月が経過していた。しかしこの間の嵐で骨の部分が一本折れている。
使えるからと気にせず使っていたら雑だなんだと呆れられているが自分の傘が折れていることなんて誰も気にはしないと笑って受け流していた。
その日は朝から雨予報だった。
仕事帰りにも小雨が降ったり止んだりを繰り返しており傘を差すか差さないか悩んだ末、まぁいいかと差さずに歩きだした。
この日は駅とは反対方向にある本屋に取り寄せを頼んでいた本が届き、それを取りに行く予定だ。
受け取った本をホクホクとした気持ちで抱え歩いているとゴロゴロという雷鳴が遠くで轟く。
雨が強くなるのかと暢気に空を見上げた途端、ドサーっとバケツの水をひっくり返したような雨が降ってきた。
これがゲリラ豪雨かと慌てて本を上半身に抱え込む。とにかく雨宿りができるところを探すと一軒の喫茶店をみつけ軒先に避難する。
本が濡れていないかをまず確認し初めて傘を持っていたことに気づく。
自分の失態にため息をつくが濡れた服をタオルて軽く拭き取ると雨宿り代わりに喫茶店の中へと入る。
カウンターと5席ほどのテーブル席の小さな喫茶店だった。
静かだがかすかにクラシックがかかっている。カウンター越しのマスターは軽く会釈するだけで他に客もないため窓際のテーブル席に腰をおろした。
メニューはとてもシンプル。珈琲と紅茶は数種類、食事のメニューはサンドイッチとパスタ、甘いものもある。
今日はもう家に帰ってから夕飯の仕度をする気力はないためしっかり食べてしまおう。
注文してからしばらくすると運ばれてきたのはBLTサンド。
ベーコン、レタス、トマトと王道の組み合わせに食パンはサックリとトーストしてある。
食パンにはバターがたっぷりと塗られているがトーストしてあるためがしっとりと食パンに染み込んでいる。
レタスはシャキシャキだが水っぽくなくトマトは食べやすいように半月状のものが重ねられている。
ベーコンはカリカリに焼いたものとしっとりしたものの二種類が入っている。焼いたベーコンの油の甘味としっとりベーコンの両方が楽しめる。
マヨネーズに多目の粗挽き黒胡椒が入っていてときどきピリリと感じるのが楽しい。
口直しに添えられているピクルスは自家製なのか甘味が強い。酸味に弱い自分でもカリカリと食べられた。
同時に頼んだ珈琲はオリジナルブレンドにした。コクと苦味が強いブレンドだが後味がスッキリとしてBLT サンドがすすむ。
ザクザクと食べ進め人心地ついた頃プリンアラモードが運ばれる。
横長のガラスの器の中央には手作り焼きプリン。飾り切りされた林檎といちごの間にはホイップでうめられている。
サクランボはプリンの上にちょこんと飾られ全体的に濃いめのキャラメルソースがかけられている。
そっとプリンにスプーンを入れると焼きプリンだからどっしりとした手応えを感じる。
とろけるというよりも口腔内に吸い付くような重さ。ホイップがほとんど甘味がないため合わさると重みと軽さのバランスがちょうどよい。
時々フルーツを口に入れるとサッパリとするし、キャラメルソースの苦味は鼻に抜け幸せを感じる。
あっという間にたいらげると珈琲を口にふくむ。
ふー、と窓の外を眺めると雨は止んでいた。
会計を済まし満足しながら駅へと向かう。
あ、また傘忘れた。
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