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子守唄
「おりひめさまはー、なーにがすきー、あめだま、おはじき、チョコレート。ちがうわ、ちよがみ、おりがみよー」
妹は歌いながら、僕より速いスピードで田んぼの間の細いアスファルトを軽い足取りで進んでいく。
いくら電灯が昔に比べて増えたと母親が言っていても、夜は東京とは比較にならないほど暗く、月が異様に明るく見えた。
夏も終わりかけだというのに、周りでは鈴虫がうるさいほど鳴いていて、制服をスネまでまくった足には先ほどから小虫が何回も当たってくるのがわかる。
周りからは湿った草と土の匂いが風が吹くたびに鼻にまとわりついた。
妹の黒いワンピースの裾の白いレースが時折少し先の電灯に照らされて、ヒラヒラと揺れているのを頼りに、こちらも少し歩くスピードを上げる。
追いつく直前で、あぁこれは祖母がよく歌っていた唄だと気付いた。昼寝の時に、僕にも歌ってくれたのを覚えている。
きっと、妹にも毎日歌っていたのだろう。
歌詞までは正確に覚えていないが、4歳の妹が、メロディーをハッキリと歌えるのは繰り返し聴いていたからだろう。
「きーんぎーんすなごにつけましょう、つけまーしょう」
続けて歌う妹の手を握り、
「それ本当にそれで合ってるのか」
と問いかけた。
妹の手は、熱く湿っていた。きっともう眠いのだ。最後に、壁の時計を見た時には21時を回っていた。
携帯をズボンのポケットから出してライトがわりにしようとするも、座布団の上に忘れてきたことに気づく。きっと飲み会はまだ続いているだろう。振り返るとまだ明るい縁側から、笑い声が微かに聞こえてきた気がした。
葬式なのに、大人がなぜあんなに飲んで楽しそうにしているのか理解できない。
「すなごって」
妹が続ける。
「すなごってなに」
妹は中学二年生なら何でも知ってると思っている。
「さぁ、おばあちゃんに聞かなかったのか」
「さぁ」
小さな声でよくわからない返答をして、妹はまた繰り返し歌おうとしたのか口を大きく開けた。
「おばあちゃんっ」
いきなり立ち止まると、僕のほうに向き直り続けた。
「おばあちゃん死んじゃった。着ぐるみみたいだった」
僕は思わず、妹の手を離した。
そして、必死にすなごの意味を適当に説明しようとしたが、全く何も思いつかなかった。
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