I'll wait for....you♡

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I'll wait for....you♡

 それは彼の大切なものだから。  それよりも、この紙袋の中の何かに惹かれる自分がいた。  私のS極と、あれのN極が強く引き付け合うように、ぐいと、腕が伸びた。  でも、その先に磁力が強すぎる川のN極が私を引き付けた。いつの間にか増えた川の水が私の足首に巻きついて、抗えないくせに抗って、私は転んで、紙袋だけを必死に掴んだ。 「バカっ…!!!」  雨音の声だ。  そうぼんやり考えながら、私は宙をみた。  荒れ狂う波の腕の間に、ああ、彼がいる。  彼は飛び込み、すぐに、私の腕が引っ張られた。物凄い力で。温和な彼とは思えなかったんだ。力が抜けて、足が地面についたので、やっとの事で口の中の気持ち悪い液体を吐き出した。喉に変なものがへばりついたみたいだ。  よかった。助かった。これで解決。  …あれ? 雨音は? どこ?  ざぶんざぶん、うるさい波の音。さっきまで美しく流れていた川が醜く汚い怪物に変貌して、  彼を飲み込んでいた。 「雨音っ!!?」  彼の腕だけが一瞬剥き出しになって、すると彼の顔が現れた。それは今まで見たこともないくらい険しくて、私を睨んで、怒鳴ったんだ。いやな怪物の咆哮よりも、よく私に届くその声で。 「逃げろよ!! 虹香!!」  はっと我にかえったのと同時に、私の足は川の反対方向を向いた。今度は彼のS極と私のS極が退け合うように、反対方向へ走る。  どうして! なんで! 私は逃げるの!  やめてよ! 動かないでよ! 走らないでよ!  助けてよ、雨音を!  いやだよ、いやだ!!  苦しくて、声をあげて泣いた。後ろを振り向いて、叫んだ。  最後に見えた、愛しい愛しい顔が。  声は聞こえず。でも言葉は分かってしまう。  雨粒の大きさは小さくなって。なのに私にとっては一つ一つが岩のように重くて。痛くて。つらくて。当たるのがいやで。  うずくまった。 「よかった、虹香。」  そのいつもの優しい微笑み。口付けをくれる時の表情で。  そのまま私にキスしてくれるんでしょう?  そうだよね…。  そうだよね…雨音…。  ⚡︎⚡︎⚡︎⚡︎  雨はまだ続いていた。  ある街の公園の川は増水したが、公園が浸水するまでには至らなかったという。後日には、ニュースで、その街に住む男性一人が公園の川で流されて死亡したとアナウンサーは喋っていたと聞く。なぜだかそれを、私は、他人事の様に扱って、でも、そのニュースが徐々に風化していくうちに、彼が戻ってこない事を悟っていた。  だって、戻ってこない。  家に帰って、部屋を暖かくして、紙袋を大事に持って待っていても、彼が玄関のドアを開けて帰ってくることはない。  ああ、そうか。  そうなんだね。  私がこれを拾ったせいで。  彼は死んでしまったんだね。  じゃあ、私のせいか。  彼を大好きな私が彼を殺したんだ。  優しい雨音は、きっと否定するんだろうな。  でもこれは事実。  消しきれない現実。  でも私は、梅雨が嫌いになれない。  だから、雨が少し弱くなった日に、再びあの川を見に行った。濡れた土の道は泥となっている。川沿いを歩いていると、その泥の道がへこんでいるのを見つけた。靴の跡がはっきり残されている。彼の靴のものだとすぐに分かった。だって私が買ってあげた革靴だもの。その跡は、あの時の景色を呼び起こさせた。慌てた雨音が、私を追いかけて、引っ張り上げて、自らも流された–––––はっきりと浮かぶ。あの時の彼の優しさが、この靴跡に–––––。 「あま、ね……」  私はその場で泣き崩れた。周りに人がいようとどうでもいい。二人だけの世界が一人きりの世界になっただけ。私はひとりぼっちになったんだ。ズボンが泥に汚れようとどうでもいい。全部私のせいだ。じゃあ、私はこれからどう生きればいいの? ねえ、雨音……あなたが教えてよ。  美しい世界に流れる、緩やかな渓流。いつか一緒にみた梅雨の雨。雨粒を取り込み美しさを増す川の風景が、心の鏡に映し出された。ぼーっとそれを覗き込んだら、 「あっ、虹香!」 「雨音…? 雨音なの?!」  鏡ごしに、彼が立っていた。あの時のままの服装だ。私が買って、誕生日にあげた靴。汚れてもいい用のジーンズ。彼が好きな藍色のシャツ……紛れも無い彼。ああどうして? これは幻影? 私が勝手に作り出した彼の像なの? 「会えて良かった」  鏡に手を当てて彼を凝視していると、彼の方も微笑んで手を合わせて近づいた。鏡ごしなのに体温が伝わる様だ。また、太陽の光が心の中を照らし始める。 「…、  …紙袋だけでも、取ってくれてよかった。  あれ、中身見た?」 「あ…」  実は、こちらに持ってきている。  私は白色の紙袋の封を切って、小さな箱を取り出した。  そうそれ、と雨音。こっちに頂戴、と鏡ごしの手のひらを差し出してきたので、びくびくしながら手渡すと、簡単に彼はそれを手に持って、目の前で開けてくれた。  中に、泥汚れ一つなく丁寧に差し込まれていたのは。  そう、ちょうどそこに流れている川と同じくらい透き通っている、宝石が。  本の数ミリくらいの大きさの宝石がはめ込まれている。  綺麗な指輪だった。 「これ……!」 「そう。これ、僕からのプレゼント。渡しそびれちゃって、ごめんね」  彼は照れ臭そうに、曖昧に歯を見せる。私は、口を開けたまま彼と指輪を交互に見るしかできなかった。  嬉しかった。  だってこれは、結婚指輪だもの。 「あ、りが……」  言い終わらないうち、涙の制御ができなくて、また涙が溜まる。涙で歪んだ景色の、鏡の向こうに白みがかった虹が見えた。あ、綺麗だな。雨、止んだからかな。彼と一緒に、見たかったなあ。でも今、一緒に居れているのか。嬉しいなあ。  雨音は泣きじゃくる私の頰を両手で包み込んで、私は自然と彼の瞳を見つめた。 「君を助けられてよかった。  大丈夫だよ。君がそれを救ってくれたことが、僕にとっての救いだから。嬉しかった。ありがとう。  ねえ、約束してくれる?」  なにを、と、問う。  彼は笑って、奥に移る川と虹を交互に指差した。  –––この川のところでさ、待ち合わせして。  それでいっぱい話そう。君の愚痴も、笑い話も、ゆっくり寝転がってさ。  君がその指輪を持っている限り、ずっと一緒でいられるから。  聞かせてよ。  雨の日も、晴れの日も。梅雨の時も、寒い冬も、ね。  約束、守るのが君のモットーじゃなかったっけ? 「…そうだよ。私は、絶対守るもの。  じゃあ、約束、ね。  あなたこそ忘れないでよね!  君はひとりぼっちじゃ無いよって言って!  この道を一緒に歩いて! 笑って、手を繋いで、相合傘して…!  ねえ、雨音…ねえ…」  この雨音と離れたくなんてない。心の鏡ごしに彼の手を握った。  温和な彼は、優しく手を握り返してくれる。それは、全部の約束を守ってくれる時の彼の顔だった。  「「君が君のままでよかった」」  私の指に、指輪がはまっている。  ☔︎☔︎☔︎☔︎☔︎  小さな堤防に寝転がって、幸せそうに眠る女がいた。 「…約束…守ってくれてくれた……ね」
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