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妻の傘は、二本ある。
一つは、紺色で持ち手の部分が白い傘。いつも使っている物だ。
もう一本は日傘兼雨傘なのだそうだ。白い布地に小さな小花柄の傘で、2本ともいかにも妻が好きそうなやつだ。
どちらも同棲時代から使っているもので、結婚して新居に引っ越した時も、妻は二本ともちゃんと引き連れてきた。
ただ、私は妻が小花柄の傘をさしているのを見たことがない。し、気にも留めていなかった。そういうことには気がつかない性格なのだ。むしろ、その傘が小花柄ということも後々気づいたくらいだ。
そのことに気づいたのは、先週妻の古い友人が我が家に遊びにきたのがきっかけだった。
40歳半ばの彼女は、再婚するという報告を兼ねて日曜日の昼間にやってきた。その日は猛暑で、お土産だというアイスクリームも、ドライアイスの効果もむなしく溶けかけていたほどだった。
「それでね、彼が子供はいなくてもいいって言ってくれて。もうこの人と同じ墓に入ろうかなって」
妻の友人は、自分が持ってきたアイスクリームをつつきながら伏し目がちに、嬉しさを少し抑えているかのように話していた。私はなんとなくその場にいるのも気が引けたので、わざわざ猛暑の中コンビニに行くと言って、一旦その場から離れた。
我が家にも子供はいない。
望んではいたが、結局コウノトリは来なかった。
だが、妻と二人で暮らす日々はとても心地よく、今後定年を迎えたら海外旅行でものんびりしようかと考えている。
妻の友人夫婦と行くのもありかもしれないな、と考えながら坂を下る。
コンビニまでの道のりは3分ほどだが、背中にはじんわりと汗がTシャツに染みていくのがわかった。店内の異様なほど冷えた空気が一気に汗を冷やしていくのを感じた。
晩酌用にと、ビールを三缶購入し、店を出た瞬間妻の友人が足早に目の前を通り過ぎていった。
キツめの香水が一瞬あたりに香った。
「えっと…」
声をかけようとして名前を思い出せずにいた。
「あの!」
と大きめに声を出した瞬間、彼女が振り返った。
「もうお帰りですか?またいらしてくださいね」
自分でできる限りの愛想のいい顔をつくり、じゃあと言って家へ向かおうとした時、
「日傘、お借りしました」
と彼女が後ろから言った。
「日傘?ああ、妻のですか?」
と言いながら、彼女が日傘を差していないことを疑問に思った。私の表情の変化に気づいたのか、彼女が続ける。
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