第1章 シネマカフェ「カノン」

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「そうと知ってたら見なかったよ」 「まあそう言うな。意外とよかっただろ? 人生の伴侶選びの参考になるかい?」 「んー……、そう言われたらちょっと説教臭いっつーか」  映画の主人公は周囲の反対を押し切って、思い人を追って海外まで行ったけれど、再会してみれば色々あって、最後には自分をかばって応援してくれた婚約者を選んでハッピーエンドというストーリーだった。  やっぱりああいうふうに収まるのがインド式大団円ってやつなのか?  つまらなかったわけじゃないけど、長すぎて人生ドラマにどっぷり漬からされた気分だ。 「インドの結婚てあんな盛大なの? 大変だねー」  壮大な人生ドラマを見たにしては単純な感想を述べて、彩がぐーんと伸びをした。 「あんなのは上流階級だけだろうけどね」 「確かに」 「あ、高良(たから)さん、どうでした?」 「色々驚きました、インド映画って初めてだったので。ファンタジックでしたね」  奥のテーブル席にいたスーツの男性が立っていた。  側に来ると、背がすらりと高くて端正な顔をしているのが見てとれた。短い黒髪が清潔そうで、目元が涼やかな印象だ。いまどきのイケメンというよりも、もっと硬派な感じのいい男だった。匠より十センチほど背が高い。  ヤバい、めっちゃ好み。  思わず見とれていると、彼はカウンターにグラスを返した。大きな手もいい感じだ。薬指に指輪がないことを、ついチェックする。 「店のイメージ見ようと思ってたのに、ふしぎと話に引きこまれた感じです」  そう言いながら店内をさらっと見まわしている。 「夜は昼間とはかなり雰囲気変わるんですね」 「ええ。照明のせいかな。バータイムは客層も変わりますし」 「そうでしょうね。もう少し小ぶりなほうがよかったですか?」 「大丈夫ですよ」 「そうですか? この高さで邪魔になりませんか?」 「今回の映画は長いし音も賑やかだからこのくらい高さがあるほうがいいですよ。夜の雰囲気にも馴染んでるし」  何の話だろう?  「だったらよかった。大きめのベンジャミンが揃ったから、ちょうどいいと佐野は言ってたんですが」 「ベンジャミン?」  思わず漏れた一言を、彼は聞き逃さずに答えてくれた。 「そこの植物の名前です」  カフェとシネマスペースを区切るように置かれた観葉植物の鉢を指す。 「これがベンジャミン?」 「そう」  軽くうなずく。さっきから話していたのは鉢植えの話だったのだ。 「雰囲気に合わなかったらいつでも取り替えますので、佐野でも私にでも言ってくださいね」 「ええ、ありがとう」 「マスター、ギムレットお願いします」  カクテルのオーダーが入り、島野が会釈してその場を離れた。
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