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第1章 シネマカフェ「カノン」
「あ、匠(しょう)、明日、授業終ったらちょっとつき合ってよ。バイトないよね?」
ピンク色の髪をふわふわと揺らして前園彩(まえぞのあや)が話しかけてくる。午後の授業がもうすぐ始まるから、校舎内は慌ただしい雰囲気だ。
ゴールデンウイークが終わったばかりで、外はからりと晴れている。
「どこに?」
「カノン行きたいの。新しいの、まだ見てないでしょ?」
渋谷駅近くのシネマカフェだ。
毎日二回、店内のスクリーンに映画が上映され、二週間に一度、その映画が入れかわり、それ以上の頻度で匠は通っている。
今週から新しい映画が上映されているが、それが興味のないインド映画だったので見るつもりはなかった。どうしようかなと迷いながら、とりあえず思いついたことを言った。
「凜花(りんか)と行けばいいじゃん」
恋人の名前を出すと、彩はつやつやピンクの唇をむうっと尖らせた。
またケンカ中なのか? 彩と凜花はいわゆるケンカップルで、しょっちゅう言い争っては仲直りしている。
「凜花はミュージカル系好きじゃないもん」
「おれもべつに好きじゃないけど」
「でも口コミ見たらおもしろかったって。結構、評価いいよ?」
「ふーん? でも彩って、インド映画に興味なんてあった?」
「建物とか衣装が見たいの。上流階級のお嬢さんが主人公だから、自宅とか寺院とかが豪華絢爛なんだって」
建築デザイン専攻の彩の興味はストーリーじゃないらしい。
「ああ、そういうこと」
インド映画っていうと、歌って踊るイメージしかない。
ずいぶん昔ヒットしたのは『踊るマハラジャ』だっけ? 今回のタイトルは覚えていない。そんなにおもしろいんだろうか。
まあ行ってもいいか、別に映画見たからって追加料金かかるわけじゃないし。
「ね、とにかく行こ? 飽きたら途中で抜けていいから」
「わかったよ」
ちょうど教室に着いた彩は、バイバイと手を振って中に入って行った。
匠は空き時間なので、パソコンルームに向かった。
来週までの課題がまだできあがっていない。いくつも並んでいるパソコンルームをのぞいて行ったら、三つ目の教室で見知った顔をみつけた。
「よう、匠。課題できた? どんな感じ?」
「仕上げがまだうまくいかない」
「そっか、俺らも途中なんだ」
「じゃあ意見くれよ。見せ合おうぜ」
同じビジュアルデザイン科の友人が三人いて、画面の前でああだこうだと話していたから混ぜてもらう。
東京にデザイン系の専門学校は数多いが、その中でも都心のど真ん中にあるこの学校は、立地のよさに加えて就職に強いことからとても人気がある。
その分、課題も多くて授業以外の空き時間はそれをこなすのに精いっぱいだ。興味ないインド映画なんか断ればよかったかな、そんなことを思いながらソフトを開いた。
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