第1章 シネマカフェ「カノン」

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 店に着いたのは上映開始時間ギリギリだった。 もう二年以上通っていて、顔も名前も覚えられている。店長の島野が匠を見てかるくうなずいた。 「いらっしゃいませ」  島野は日本人にはめずらしく、口髭が似合う渋くていい男だ。ただし、匠の好みじゃない。 「こんにちはー」  彩が明るく笑いかけ、島野が「かわいい服だね」とすかさずほめる。パッチワーク風の派手な色合いのワンピースだ。 「でしょ。服飾デザイン科の友達が、誕プレに作ってくれたの」と彩は説明する。 「彩ちゃんに似合ってるよ。ご注文は?」 「アイスレモネードください」 「ピングレとパッションオレンジのソーダ」  匠のオーダーに彩が笑う。 「それ、ハマってるね」 「うん、うまいよ。それにさわやかで甘いっておれみたいでしょ」 「匠は見た目キレイだけど、実は腹黒でさわやかじゃないよね」  ゆるふわなパーマをかけた明るい茶髪にきれい系の顔立ちの匠は、ちょっとだけ吊り目なのが猫みたいだと言われる。男女問わず友人は多い。 「腹黒ってほどじゃないだろ」 「え、そうだっけ?」  匠の言葉をあっさり受け流して、彩はドリンク片手に奥に向かった。  この店は入口を入ってすぐは普通のテーブル席のカフェで、奥にシネマコーナーがある。  シネマコーナーはソファ席が二席とテーブル席が二席だけだ。カフェスペースとは通路に置かれた大きな観葉植物で仕切られていて、普段はカフェと同じ明るさだが上映中は照明が落とされる。  上映しているのはメジャーな映画ではなく、たいてい聞いたことがないタイトルだ。  先週までは古いハリウッド映画をやっていた。黒人差別がまだ激しかった時代の、黒人ドライバーとその雇い主の白人女性の心の交流を描いた静かな映画だった。  ハリウッドというと派手なアクション超大作のイメージがあったけれど、ここで映画を見るようになってそれはかなり変化した。
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