第1章 シネマカフェ「カノン」

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 そして今週は聞いたこともないインド映画。  つまりこの店でかかる映画は、ほとんど島野の趣味だ。  今回の映画は人気がないのかシネマコーナーは空いていて、ソファ席に一組カップルがいるだけだった。L字のソファ席は二人用と一人用がつながって置いてある。  匠と彩はソファ席に二人で並んで座った。  匠は奥まったテーブル席に一人、男性が座っているのに気がついた。 薄暗くてよく見えないがスーツ姿だ。会社員が一人でシネマコーナーにいるのはめずらしい。  頭のてっぺんから声を出していそうなふしぎな歌と、聞きなれない旋律の音楽が流れてきて、映画が始まった。  主人公は十八歳の上流家庭の女の子。占いで結婚が決まって、でも本当は気になる身分違いの外国人の男がいて、だけど親の決めた結婚をしなくちゃいけなくて結婚準備は憂鬱だ。  結婚に対して気持ちは後ろ向きだし、でも婚約者は悪い人ではないから何とか受け入れようと思うけれど、だけどやっぱり思い人を諦められなくて、思い切って家を飛び出して男を追ってみればトラブル続出で……という波瀾万丈の物話だ。 「おもしろい?」 「まあまあかな。匠はつまんない?」 「ううん、意外といいよ。確かに衣装とか建物とかのデザインが凝ってるな」  前半終了と途中でテロップが出て驚く。もうすでに、一時間半くらいあったよな? 普通に映画一本見たと思うのに、まだ後半があるのか。  五分ほどの休憩時間にドリンクを追加した。  インドの風習に疎くて文化的背景がよく理解できない部分もあるけれど、婚約の儀式やら親族総出の結婚式準備やら、なんだか大変そうだということはわかった。  合間合間に歌とダンスが入り、エキゾチックな音楽はすこし癖になりそうだった。  後半もしっかり一時間以上あって、映画が終わったのはもう九時近かった。 「つか、これ長すぎ」 「インド映画ってこんなもんだぞ?」  カウンターの向こうで島野が笑う。  昼は普通にカフェだが、夜はカクテルメインのカフェバーになる。バータイムに入った店はカフェエリアも照明が落とされて、薄青い壁紙のせいで水の中にいる気分だ。 「そうなの?」  三時間以上あったよな? これで普通? 「最近は短い映画も作るみたいだけど、向こうじゃ映画はメジャーな娯楽で、半日とか一日かけてゆっくり楽しむらしい。だから前半が終わると三十分くらいの休憩が入って、何か飲んだり食べたり、おしゃべりしてから後半を見てって感じで、時間をかけるレジャーだそうだ」  それで途中で休憩時間なんて表示が出たのか。あそこで軽食タイムなわけか。
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