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第一話 事実に変わりはない
二度と逢えないかもしれない。
オフィス街にあるこの小さなカフェに、私は置き去りにされてしまった。
私の持ち主のひまりは就職活動中で、今日は雨の中一日中歩き続けていた。
疲れ果てた彼女は、苦くて熱いコーヒーを飲み干すと、重い腰を上げた。
その頃には既に雨は上がっていて、ひまりは必要のなくなった私を忘れてノロノロと店を後にした。
防ぎようがなかったのかもしれないけれど、置いていかれた怒りの矛先を、どこに向ければいいのかわからなかった。
私はただのビニ傘だけど、数いた兄弟姉妹の中でもダントツでいい形をしていたと思う。
「お前だったのか」
声の主の方をちらりと見ると、知った傘が目に飛び込んできた。
「うわっ」
「さては置いていかれたな」
コンビニに売られているときから、私たちビニ傘のことを安売りされて可哀相にと憐れんできた進化系傘だ。
「何のことでしょう」
シラを切ろうとしたのだが、お前は持ち手に特徴があるからバレているぞと言われた。
「そろそろ買い替えの時期なんじゃないか?」
失礼なこと言うなと腹を立てると、自分はまだ十分役に立つと言い返した。
「その割にはお前の持ち主、見向きもしないで帰ったぞ」
「・・・。もう晴れてるし、見過ごしちゃっただけよ」
進化系傘はしょうがなく笑い、望みを捨てるなよと皮肉を言った。
「ひまりは収入がないから絶対に迎えにきてくれるはず。性能だってビニ傘の割にはいいんだから」
ごくわずかな可能性を私は呟いたが、ひまりが実は意図的に私のことを置いていったことを後になって知ることになった。
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