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さっきの夕食を思い出した。スープが出て、飲み終わるとサラダ。熱いロールパンが2個。大きな白い皿の中央に小さな魚の切り身があってその下にはよく分からない野菜が敷き詰められていた。両脇にナイフとフォークがあってどうしていいか分からずにいると箸を出された。
不思議な味だった。美味しいのだろうけど、それが伝わってこない。ご飯は無かった。みそ汁も無い。
「ご飯と、みそ汁は……」
「今日はご用意がありません。明日からご用意いたします」
頭を下げたがそれ以上の言葉は出なかった。
(祖母ちゃんの煮つけが食べたい)
『ほら、ちゃんと食べ! 零す!』
荒っぽい声が聞きたい。時々やるおっちょこちょいに叱りながら終いには笑い出してくれた。そうだ、ここに来てから一度も笑顔を見ていなかった。
(岡嵜家。おかざき)
知らない名前。知らない顔に囲まれて暮らすのか。ここがどこかも分からない。流されるように来てしまった。
(会えない、ってこと? 祖母ちゃん、会えないってこと?)
立ってドアを開けるとすんなり開いた。階段を下りて広い廊下を歩き、やっと玄関に辿り着いた。大きな花瓶があって、見たこともないような花が活けてある。塵一つ無い玄関には靴も無かった。
「どちらへ?」
大野という男性だ。
「あの、靴は?」
「先ほど処分させていただきました。明日の午前中に衣服も靴も身の回りのものも揃えさせていただきます。それまでお待ちください」
「祖母ちゃんのところへ帰してください。帰りたいです」
「旦那様と奥様のご許可が必要です」
「僕の家に帰るんだ、許可なんていらない、帰る!」
睨みつけても微動だにしない。裸足のまま玄関に降りた。ドアを触る前にビシッと言われた。
「お部屋にお戻りください」
「大野さん、お願い!」
「大野、とお呼びください。私は使用人に過ぎませんので」
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