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  「いいですかー? 少し辛いですよ、咳は止めないでくださいねー」  呑気そうな看護師の声が楽しそうに聞こえて、(これが好きだからこの職業選んだ?)なんて思った。  次の瞬間、ずるり とやけに太いものが喉を通過した。 ――抜けたら楽になるんじゃなかったの? とんでもなく苦しくって痛いんだけど! 咳が弱々しく出て、まるでドラマの蘇生された人みたい。 「そうそう、咳をしててくださいね。ここにトレイがあるから無理に唾を飲み込まなくてもいいですよー」 「俺が持っててやる」 ――あ、助けてくれなかった人だ。あんたのお蔭で死に損ねた。 「何が辛かったんだ? お前、若いじゃん。人生はこれからだろ? どうせ死ぬならうんと楽しんでからにしろよ。それとも楽しむもんが無いのか?」 ――だから喋れないんだって。喉が痛いし、咳出てるでしょう? 聞こえない? 「今、喋れないんじゃないの? 咳してるし」 ――そうそう。いいこと言ってくれた。 「で、あんたの名前聞いてなかったけど」 「あ、そう言えば。僕も聞いてない。君からどうぞ」 「順番があるのか? 自己紹介に。ま、いいや。勝田惣介。25だ。フリーターやってる」 「フリーターって、やるもんじゃないでしょ。あなたがフリーターなんでしょ」 「一々細かいな! 喫茶店でバイトやってんだよ」 「そこまで聞くつもりはなかったんだけど。僕は藤野誠一といいます。22歳、今会社面接中です」 「下かよーー! 偉そうにしてるし、22にしちゃ老けてんな」 ――ああ、そうだった。誠一だ。いつも皮肉屋なのに何かって言うと僕のところに逃げ込んでくる。今度の就活は上手く行ったのか? ――知らなかったような声……そうか、思い出したくなかったからか。あんまり有難くない声だ。皮肉屋だけど心配性で甘ったれ。これを口実にきっと引っ越してくると言い出すだろう。 『心配だ』 『1人に出来ない』 『圭ちゃんのそばにいてあげる』 『うんたらかんたら エトセトラ』 「まだ辛いか? まだ辛いよな。悪いな、少し眠れよ、ここにいるから」 ――「かつたそうすけ」さん。あなたはなぜここまでしてくれるのですか? ――聞きたいけど、あんたが言った通りまだ辛い。眠りたいし。だから僕は眠りの奥に引っ込んだ。   
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