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そして近付き、さらに襟元へと手を伸ばし、結び目を整え始めた。
「センセイ――」
和が聡の答えを促すかのように、その手に自分のを重ねた。
和の手をそのままにして、聡はネクタイを直し終えた。
聡が和を見上げて、左腕に下げていた傘を差し出して言う。
「傘は持って帰ってくれ。引っ越しのバタバタで、なくすといけないから」
「え?センセイ・・・引っ越すの?」
納得がいっていないまでも、自分の傘はちゃんと受け取る和に、聡は告げる。
「あぁ、来月には。今度は、玄関からベッドが見えない部屋を探すよ」
先手を打ってそう言う聡に気を良くしたのか、和が勢い込んでたずねる。
「また、この辺り?確か、病院の近所なんだよね?」
前に、和が退院をした時に、そう、一か月以上前に話したことを未だ憶えていられるのを、聡は正直驚いた。
――と同時に、素直にうれしかった。
浮かんだ微笑みはそのままに、聡は和に言った。
「いや・・・・・・歩きながら話そう」
聡のきっぱりとした口調から何かを察したのか、和は口を閉じてうなずいた。
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