はじまりの日

1/11
61人が本棚に入れています
本棚に追加
/43ページ

はじまりの日

 終電ギリギリとまではなかったが、それなりの時間になってようやく、和は重い腰を体を、聡の上から退()けた。 「――また、いつでも来ればいいから」 「うん・・・」 「ちゃんとご家族に、今から帰るって連絡するんだぞ?」 「うん・・・」 「(なぎ)――」 「分かってるってば!」  いつまでもグズグズとしている和を駅まで送るために、さっさと身支度を整えている聡に対して、和自身は逆ギレをした。  聡はそんな和に困って、ただただ見つめる。 「ごめん」 ポツリと謝る和に聡は、肩を叩くことで応えた。 「シャワー、浴びて来いよ」 和は、その場を動こうとはしなかった。 「和?」 「シャワーは、いい。――センセイとしたの、流されちゃうから」 「・・・・・・」  それ以上は何も言えず勧められずに、聡は和から離れた。 和が服を着ている間に玄関から出て、外を見る。 雨はもう、止んでいるようだった。 「傘、忘れないようにな?」  部屋を顧みて言い終えた後で、聡はしまったと思った。 さっきから小言めいたことばかりを和に言っていることに、今更ながらだが、気が付いた。  いくら五才年上だからとはいえ、付き合っている相手、つまり恋人に、そうガミガミとは言われたくはないだろう。  しかも今日は、初めて全くの二人切りで過ごした日だった。 和にとっては記念すべき、十八才の誕生日でもあった。 「センセイ・・・・・・」 「悪かった!おれが言い過ぎた!」 「は?何のこと?」 「え?」  本気で分からないように、聡の目の中で和は首を傾げていた。 真顔の和が、言う。 「傘、置いてってもいい?――おれの身代わり」  ずいっと、聡の目の前に傘が突き出される。 「和・・・・・・」  和は悪い虫除けだと言い放ち、ピザの宅配員にあからさまなアピールしていた。  つい今さっきまでは、帰りたくない。ずっと、センセイと一緒にいたい。 ――センセイの中にいたい。と駄々をこねていた。 それはそれは切ないほど、必死に。  それらの姿を思い出し、聡は返す言葉を見付けられなかった。 黒い、いかにも紳士物のそれを受け取り、聡は左腕に引っ掛けた。
/43ページ

最初のコメントを投稿しよう!