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はじまりの日
終電ギリギリとまではなかったが、それなりの時間になってようやく、和は重い腰を体を、聡の上から退けた。
「――また、いつでも来ればいいから」
「うん・・・」
「ちゃんとご家族に、今から帰るって連絡するんだぞ?」
「うん・・・」
「和――」
「分かってるってば!」
いつまでもグズグズとしている和を駅まで送るために、さっさと身支度を整えている聡に対して、和自身は逆ギレをした。
聡はそんな和に困って、ただただ見つめる。
「ごめん」
ポツリと謝る和に聡は、肩を叩くことで応えた。
「シャワー、浴びて来いよ」
和は、その場を動こうとはしなかった。
「和?」
「シャワーは、いい。――センセイとしたの、流されちゃうから」
「・・・・・・」
それ以上は何も言えず勧められずに、聡は和から離れた。
和が服を着ている間に玄関から出て、外を見る。
雨はもう、止んでいるようだった。
「傘、忘れないようにな?」
部屋を顧みて言い終えた後で、聡はしまったと思った。
さっきから小言めいたことばかりを和に言っていることに、今更ながらだが、気が付いた。
いくら五才年上だからとはいえ、付き合っている相手、つまり恋人に、そうガミガミとは言われたくはないだろう。
しかも今日は、初めて全くの二人切りで過ごした日だった。
和にとっては記念すべき、十八才の誕生日でもあった。
「センセイ・・・・・・」
「悪かった!おれが言い過ぎた!」
「は?何のこと?」
「え?」
本気で分からないように、聡の目の中で和は首を傾げていた。
真顔の和が、言う。
「傘、置いてってもいい?――おれの身代わり」
ずいっと、聡の目の前に傘が突き出される。
「和・・・・・・」
和は悪い虫除けだと言い放ち、ピザの宅配員にあからさまなアピールしていた。
つい今さっきまでは、帰りたくない。ずっと、センセイと一緒にいたい。
――センセイの中にいたい。と駄々をこねていた。
それはそれは切ないほど、必死に。
それらの姿を思い出し、聡は返す言葉を見付けられなかった。
黒い、いかにも紳士物のそれを受け取り、聡は左腕に引っ掛けた。
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