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そこから、彼との付き合いが始まった。もちろん、男女の付き合いではない。きれいになるためのレッスンだ。
あずみが少し意外だったのは、彼が女言葉をつかうと思い込んでいたので、ふつうの男子学生と同じように話すことだった。
それに、同性愛者的な雰囲気もなかった。なぜ彼が女装なのかは謎だった。
ときどきキャンパスですれ違うとき、あずみは目を伏せて、気づかないふりをしてすれ違うようにした。なぜか反射的にそうしてしまうのだ。彼は、たいがい他の男友達と数人で話しながら歩いていたが、それはごくふつうの友達のようで、心のどこかで期待したような、恋人どうしのようには見えなかった。いや、そもそも彼が誰かと二人きりで歩いていることの方が少なかった。たいがい、3,4人のかたまりだった。
最初のレッスンは、人気の少ないキャンパスの隅にある芝地のベンチ。
彼の方が先に来て待っていた。あずみは今さらながらに気がひけて、おずおずと近づいた。
「最初に自己紹介、名前くらいでいいけど」
彼は快活に言った。
「あの…私、伊藤あずみです。山形出身です」
「ぼくは藤井夏生(なつお)。山梨」
あずみは内心ほっとした。彼も地方出身者だったのか。
「で、まずそこに立ってみて」
夏生はベンチの前方の芝生を指さした。ためらいながらもあずみはそこに立つ。
「ちょっと猫背じゃないの?」
やはり、女友だちとは違った。いきなりこんなことを指摘する女友達は、いくらこちらから頼んだとしても、いないように思われた。
「うん。隔世遺伝、かな。おじいちゃんが猫背で、歩き方そっくりっていわれる」
「肩を回して、……上げて、すとんと落として」
言われたとおりにやってみる。
「少し上体を反らし気味に、ほら、姿勢がいいだけでずいぶん印象が変わる。明るくなった」
そういわれれば、あずみもうれしい。おもわず笑みがこぼれる。
「笑顔、すてき。君の最大の武器になるね」
「え」
聞き違いじゃないのか。
「ほんとほんと。よく言われない?」
「言われない……というか、初めていわれた。私、そもそもあんまり笑わないから」
彼はまた声に出して笑った。
「君って面白いね!」
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