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今日は夏生にレッスンを受ける日だ。それで、思い切ってこのTシャツにしたのだが、思わぬ反応があってうれしかった。
弾む心で例のキャンパスの片隅の芝生に行った。
夏生は先に来て待っていた。そして、これまでにない服装をしたあずみをしげしげと眺めた。普通の男子でないから、こんなに女子を眺めまわすことができるのだと、このときあずみは初めて感じた。
「……似合ってる」
ポツリと夏生は言った。それは品物の点検をしたような口調だったが、冷たいものではなかった。ただ、すぐに
「似合ってるけど、何を表現したの?」
と続けた。あずみは面食らってしまった。
「え?」
「すごくよく似合ってて、素敵だけど、自分の何を表したかったの?」
自分の何を表したいか……。あずみは急に苦しくなってきた。自分の弱点を突かれたような気持ちになった。すると、期待が大きかったぶんだけ、急に悔しさと自己嫌悪が込み上げて、涙がにじんだ。それを必死にこらえながら、
「そ、それを、藤井君にお願いしてるんだけど」
ややつっけんどんに言ってしまった。夏生は微笑した。優しい笑顔だった。
「うん、そうだったね」
そのあとは、ベンチに座って、話し込んだ。いや、レッスンを受けた。もちろん彼はプロではないから、彼の「きれい」に関する見解を聞く場になった。とはいえ、その話しぶりから、彼が感性のみで女装ファッションをしているのではなく、自分なりに研究をしていることは分かった。あずみはふと、すまないような気になった。いわば、自然体でばっちりと決めているかに見える彼の秘密を聞き出していることになる。しかし、その話は参考になるものだった。今日は色の組み合わせの理論めいたことをレクチャーされた。昔美術の授業で少し習ったが、それが何の役に立つのかと当時の自分は思っていた。今、夏生の話を聞きながら、理論を現実に移していることに妙に感動を覚えてしまった。
次の授業時間が近づいてきた。あずみは最後に聞きたかったことを聞いてみた。
「藤井君は、自分の何を表現しているの?」
「それは伊藤さんの感じたまま! 表現されたものはもう鑑賞者のものだから」
はぐらかされた気分だ。
「え、ずるーい! 藤井くん、さっきは私に聞いたくせに」
「だいたい、教えるものと教えられるものがあったら、教えるものの方がずるいものだよ」
「難しいこと言って煙に巻こうったって……」
あずみは軽く夏生をこづく真似をした、そうしながら、こんな軽口をきいて笑いながら話すのは、小学生の時以来かもしれない、と思った。心地よい解放感が込み上げてきた。
「あのね、お願い」
またしてもあずみは大胆になっていた。
「今度、買い物に付き合って。藤井くんのいくお店でいい」
きっぱりと言ってしまった。夏生はこともなげにこたえた。
「いいよ、いつにする?」
人間関係において、こんなに軽快に事が進むのは、人生初の経験かもしれない。すぐに、明日の授業の後に決めた。夏生は授業は3時には終わるという。あずみは嘘を言って、自分も午後の授業はないと言ってしまった。夏生と別れて、次の授業を受けているとき、はじめてふと、自分が男性と二人で出かける約束をしてしまったことに思い当たり、顔を赤らめてしまった。
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