しあわせだったと言ってくれるなら

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しあわせだったと言ってくれるなら

翔吾は伝票を見ながら 中村さんて、桜子(さくらこ)さんて、言うんですか? あ、はい、桜の季節に生まれたので「桜」とつけましょうよと母が言ったらしいんですけど そうしたら父が女の子なんだから「子」をつけるぞって言って聞かなかったそうなんです それで、「さくらこ」になったみたいです やー、いいお名前ですよ そうですか、ありがとうございます 名字も「中村さん」だからぼくと結婚したら変わらず中村桜子のまんまですね! 桜子はドキッとした 何を言いだすのよと内心 実は桜子は翔吾に好意を持っていたのだ でも、だれにも悟られてはいない 翔吾はただ言ってみただけだったようだ ぼくは花が大好きだから自分に子どもができたら絶対に花の名前をつけようと思っているんですよ あー、そうなんですか ま、その前にお相手探しが先ですけどね と、笑っていた 桜子はちょっと寂しい気分だった わたしのことは、何とも思っていないんだ でも、相手がいないと言うことは、わかったわけだし それで今は良しとしよう 翔吾は大学の研究室で新種の花の研究をしていた 桜子は種苗会社の社員で翔吾の研究室と共同研究をしていたために頻繁にそこを訪れていたのだった 翔吾は花の話になると目がキラッキラして饒舌になるのだ 桜子はその純粋さが大好きだった いいな、あの目 それからも、何も変わらない日々が続いてとうとう桜子は翔吾に言い出せないまま恩師からの断れない見合いをすることになってしまった 心残りしかない桜子だったが翔吾に結婚して欲しいなどと言えるはずもなく 研究に明け暮れる翔吾の頭に研究の文字はあっても結婚のふた文字はないと思ったのだ 明日はちょっと用事がありまして、ここへはこられませんので承知しておいてくださいね どこかに行くんですか? 休日でもないのに 実は断りにくいお見合いをしないといけなくなって えっ?! なんでそんなのするんですか! なんでって 恩師が、いつまでもわたしが一人だから、知り合いの男性を紹介するから会ってみなさいと言われて 断われないんです そうかぁ 桜子さんて、いくつ? 30です えっ、そんなになってたのか そんなって・・・ひどい 大体、中村さんが・・・ ぼくが、なに? ばか! (まぬけ!鈍感!バカバカ) 桜子は走って研究室を出た 翔吾は同僚らに懇々と言われてやっと理解した でも、翔吾は桜子のことを自然にいつもいる空気みたいな人だと思い込んでいて居なくなるなんて思いもしないバカ男だった このとき、初めて好きだったことに気づいたのだった 情けない 桜子がいなくなる いいのか? 他の誰かにとられてもいいのか? 初めて翔吾は桜子のことを真剣に考えた 気持ちは決まった それから桜子に会いに行き 気持ちを伝えた 桜子の恩師に全力で許しを乞い相手の男性にも謝罪した 色々あったが晴れて一緒になったふたり 桜子は翔吾と結婚して中村桜子から中村桜子になった 結婚はしたが翔吾は大学の研究員である 大した給料はもらえていない為、桜子は今まで通り働かなければ生活が出来ない それでも桜子はしあわせだった 2年近く経ったある日、桜子は体調の異変に気付く そう言えばアレが来ない 妊娠したのかも 検査薬を買ってきて調べてみる 赤ちゃんが・・・できていた 嬉しいような、 でも生活を考えると翔吾さんが産むことを喜んでくれるのか不安だった 翔吾の休みの日 桜子はいつまでも隠しておけないと思い話すことにした あの、翔吾さん、ちょっと話があるんだけど え?どうしたの? ええと、わたしね、赤ちゃんができたみたいなの えっ?なんだって? 赤ちゃんがね・・ と、桜子が言いかけたところで翔吾は 本当なの?桜子 本当なら・・・ バンザーイ!バンザーイ! 僕に子どもができたんだよね!やったー!桜子ありがとう! 桜子は翔吾が、あまりにも喜ぶので さっきまでの不安な気持ちとのギャップで拍子抜けしてしまった 今度は僕がちゃんと働くよ 研究室の仕事はやめる 今まで、桜子に負担をかけてばかりでごめんね だって翔吾さん、それじゃぁ今までの成果を論文に出来ないじゃない いいんだよ 研究より奥さんと子どもの方が大事なんだから 前からこういう時が来たら決めていたんだ 今度は花に囲まれる仕事をしようとね 花卉市場(かきしじょう)で仕事をしようと思うんだ そう言って翔吾は研究室を辞めて朝の早い職場に転職した その後、桜子は無事に元気な女の子を産んだ 病院のベット横で翔吾は桜子に話しかけた 名前はどうしようか 桜子は何かある? 翔吾さんがつけて じゃあ、ずっと決めていたものがあるんだけど 「すみれちゃん」なんてどおかな? 平仮名で「すみれ」 すみれちゃん、すみれちゃん、かわいい! そう、それじゃ、すみれちゃんに決まりだ 翔吾と桜子はスヤスヤと眠る生まれたばかりのすみれちゃんを見て微笑んだ しあわせの真っ只中だった 月日は流れてすみれちゃんは3歳になりオシャマな可愛らしい女の子になっていた 翔吾も桜子も贅沢は出来ない生活だったがすみれちゃんを中心にとてもしあわせな毎日を送っていた ただ翔吾には一つ気になる事があった 時々、胸が苦しくなるのだ 桜子には、心配かけたくなくて言っていない それでも、翔吾は夜中2時には二人を起こさないようにそおっと家を出て市場に向かっていた 車はないのでミニバイクで20分ほどの距離だった そんなある日、翔吾がそろそろ仕事が終わる時間の11時頃に桜子の電話が鳴った 桜子は丁度、すみれちゃんにお昼を食べさせる準備をしていたときだった 電話は、倒れたと言った 倒れた? 倒れたってだれが ? 市場の人らしき男性が慌てている 中村翔吾さんの奥様ですよね? 中村さんが、帰ろうと事務所を出たところで倒れたんです 今、救急車で◯◯病院へ搬送されました 桜子は頭が真っ白になった でもすぐにテーブルに座っていたすみれが「ママ」と言った言葉に我に返る とにかくすぐに病院に行かなければ 翔吾さん、待っていて、すぐに行くから 取るものも取らずすみれを抱えタクシーに飛び乗った 緊急手術中だった 急性心筋梗塞の疑い 桜子は不安に押しつぶされそうな気持ちをすみれを抱きしめることで何とか耐えていた 手術中の赤色ランプが消え そのまま、ICUへ入った 医師の話では 中村さんはもともと、心臓に持病をお持ちで、そこへストレスや疲労が重なっての発病だと 手術はやれるだけのことはやったがあとは中村さんの生命力に賭けるだけですと 持病の話は初めて耳にした やっぱり無理していたんだね 桜子は無邪気にしているすみれを抱いたまま涙が溢れて止まらない 2日後、無菌室で手だけ握らせてもらう許可をもらって桜子が入った 依然、意識は戻っていなかったが桜子が握ると気のせいなのか翔吾が弱い力で握り返してきたように感じたのだ 桜子のやつれた顔に一瞬で生気が蘇る 翔吾の顔に涙が一筋、流れているように見える そして、たくさんの機器に繋がれた翔吾の身体は急変を知らせるけたたましい音に包まれた 医師たちが駆けつけ懸命に命を繋げようと尽力してくれたがそれも終わりを告げた 翔吾が亡くなりしばらく桜子は抜け殻のように塞ぎ込み、自分を責めていた 見かねた親戚がすみれをしばらく預かることになり近所に住んでいる人たちもバカな考えを起こさないように変わるがわる見ていてくれた そんなある日、翔吾の良く使っていた机に桜子は座り無意識に引き出しを開けてみた すると、白い封筒が入っていて、開けてみると翔吾が桜子に宛てた手紙だとわかった 桜子へ いつもありがとう そして、まだ、少し前だけどすみれちゃんを産んでくれてありがとう ぼくは最高の喜びをもらったよ これから、なにがあっても一緒に乗り越えていこう それから、桜子には話していなかったけどぼくは心臓に持病がある もしかして、不幸な事がこの先、あるかも知れない お袋も心臓で、亡くなっているから でも桜子、自分を責めないでくれよ あえて、言わなかったんだから ぼくは、しあわせだったんだよ さっき、生まれたばかりのすみれちゃんを見て眠れないんだ だからここにしたためたよぼくの気持ちを また、明日会いに行くよ 愛してる桜子 ⚪︎⚪︎年6月17日 3時 溢れる涙をぬぐいながら読んでいた桜子 私がすみれを産んだのが6月16日の夜11時頃だから あれから、翔吾さんは一人自宅に帰って、眠れずこれを書いていたんだね 四十九日が終わり職場の同僚の方たちが、皆さん口を揃えて言ってくださった事がある 中村さんはいつもあなたとすみれちゃんのことばかり話していましたよ 写真をいつもポケットにいれていてしあわせそうでしたから、奥さん、ご自分を責めたりしないでください ありがたかった 桜子はすみれを愛情をかけて育てよう 翔吾が見ていてくれているから二人で育てていこうと思うのだった
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