もしもの世界も普通に回る。

2/2
前へ
/2ページ
次へ
 とある老夫婦宅。 「婆さん、また大獣が上陸するんだと」 「またですかぁ。二週間前も来たばかりじゃないですかぁ」  お爺さんの言葉を耳に、お茶を煎れていたお婆さんはうんざりと返事をした。  そしてお婆さんはお爺さんにお茶を差し出してから、大獣情報を流しているテレビに注目する。 『フィリピンの南海上沖で巨大化した大獣13号は、真っ直ぐと北上し日本に上陸する模様です』 「最近、大獣増加してません? 昔はこんなに上陸しなかったですよ」 「やはり、メタボリックなんとかの影響じゃろか?」 「なに言ってるんですか、おじいさん。そりゃ私の体重ですよ、ほっほっほっ」 「そうか、タイジュウ違いじゃったか。ほっほっほっ」  老夫婦は同じような笑い方で笑い、同じような動作でお茶を啜る。 「しかし、実際温暖化っちゅうのは深刻なんじゃろうなぁ」 「私たちももっとエコロジーにならんといけませんかねぇ」 「ああ。大獣だって全部が全部巨大化するわけじゃないらしいからのう。大きくなりたくて大きくなっとるんじゃのうて、迷惑しとるんかもしれんし。婆さんの体重といっしょじゃな」 「…………」  ボリボリ  お婆さんはお茶請けのかりんとうを無言でほおばる。 『大獣13号の予想進路です。大型で勢いのある大獣13号は現在時速90kmで海上を北上しています。午後9時頃には鹿児島に上陸し、そのまま勢力を保ちつつ九州を北上した後、山口・島根を通過して日本海に抜ける見込みです』 「この進路予想ってどうやってするんですかねぇ」 「ほとんど勘じゃろ。ビー玉でも転がして決め取るんじゃないか?」 「なんかバンアレン帯の動きがどうの言っとる学者もいるらしいですがねぇ」 「ほ~ん、チョコレートをもらえなかった大獣が不満で大きくなっとるんかのう。そういや、婆さん今年もわしにチョコくれんかったな。自分の分は買って食べておったのに」 「…………」  ボリボリ  お婆さんはかりんとうを無言でほおばる。 『こちら、沖縄本島より東に500kmほどの海域上空です。たった今、自衛隊の駆逐艦、《ほねおり》と《くたびれ》の二隻が大獣に向かってミサイルで爆撃しています。空を貫くような轟音が―――』 「税金の無駄づかいですよ。数年前にアメリカさんが核ミサイルで焼却しようとしたけど、無傷だったじゃないですか」 「一応、がんばってますって建前を見せなきゃいかんのじゃろ。まぁ、なんにしても後からマスコミに叩かれるんじゃがな」 「ほんと、建前とか見栄でもったいないこといっぱいありますねぇ」 「そうじゃ、もったいないのう。あのミサイルなんか婆さんの腹の脂肪を燃やすのにちょうどよさそうなのに」 「…………」  ボリボリ  お婆さんはかりんとうをほうばる。 「そういやぁ、こないだの上陸のとき、三郎の家が大獣に踏まれてぺちゃんこになったって言っとったが、アレどうなった?」 「こないだも言ったじゃないですか。ずっとかけてた大獣保険が下りて、新築が建てられるって喜んでましたよ」 「そら、大獣上陸も捨てたもんじゃないのう」 「災い転じて福となすですよ」 「これがホントの焼け太りじゃな。タイジュウだけに」 「…………」  ボリボリ  お婆さんは(以下略)。  ボーンボーンボーンボーンボーン  壁にかけてある柱時計が鐘を鳴らして5時を告げる。 「それじゃあ、私ら早めにシェルターに避難しましょうか、お爺さん」 「ああ、そうじゃな。よっこらせ」  老夫婦はどこかのどかな物腰で自宅を後にした。 オワリ
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加