🍀 M I E L 🍀 小さな猫のおはなし

🍀 ケイと私 🍀

真夜中‥微かな物音で目が覚めた。

眠っている筈のケイの姿は目の前のベッドには無く、代わりに隣の部屋から優しいオレンジ色の灯りが漏れていた。

いつもの私なら僅かな気配で直ぐに自慢の耳が反応して警戒態勢に入るのだが、昨日はあまりにも生まれて初めての事が多過ぎてすっかり疲れて寝入ってしまった。

これは良くない傾向だ。

いくら人間のパートナーが出来て、食事や住む家の心配が無くなったとはいえ、私は一層油断する事なくお母さんの教えをしっかりと胸に刻んで生きてゆく覚悟でいた。むしろ、今まで以上に本来の猫としての感が鈍らないように心掛けなければならない。

私達は人間が眠っている真夜中、あるいは人目に付かない時に日々鍛錬を積んでいる。
人間は私達を日頃のんびりと昼寝だけして気ままでいいなぁと思っているようだが、それはいざという時のために体力を温存している大事な時間なのだ。
そんな時「わぁ‥可愛い‥」なんて嬉しそうに近寄ってきて昼寝を邪魔されている仲間を見ると本当にお気の毒様と思ってしまう。

「人間は弱い生き物よ。」
「自分で自分の身を守る能力が私達よりずっと劣っているし、時として感情というものが生きていく上で複雑に行動に影響する、面倒くさくも理解し難い生き物なの、そんな人間の心の動きを踏まえて分かり合えるパートナーになるのはなかなか難しい事よ。」
人間の言葉を理解できる私の事を心配してお母さんがそんな事を言っていたのを思い出した。

兎に角、危機感の薄い人間に代わって危険を察知したらいち早くリョウとケイに知らせ二人を守らなければならない。

そんな決意を新たにしていると、ふっと香ばしいコーヒーの香りが心地よいピアノの音色と共にオレンジ色の灯りの部屋から漏れてきた。

このゆったりとしたピアノの曲‥‥
まさかここで聴く事が出来るなんて‥

それは山田さんちのガレージでお母さんと聴いた事のあるピアノ音楽だった。

山田さんのご主人は大の車好きで、ガレージで車をいじって作業をする時いつもラジオをつけた。
ご主人は仕事が終わって、夜の7時以降に作業場に顔を出すと直ぐにラジオのスイッチを入れる。

私の他の兄弟達は狩りの練習や、戦いごっこでパンチを繰り出す練習をしながらいつの間にか眠ってしまう時間帯。

私とお母さんは決まって日曜のその時間帯にガレージの入り口辺りにスタンバイする。

ラジオからは小気味好いドラムとベースが繊細なピアノの音色を際立たせていた。

私とお母さんは音楽を聴く事が好きだった。

特にこの種類のリズムは心に不思議な広がりと落ち着きを与えてくれた。

お母さん曰く、その時の気分によって時に悲しく、時に優しくゆったりとした音の絡みは複雑な人間の生き方が繊細に表現されている。

でも、自由奔放な雰囲気は私達にもよく似ているといつも私は思っていた。

人間がJAZZと呼んでいるその音楽の独特な雰囲気は時間を忘れさせる程私の想像力を掻き立てた。

今、隣の部屋から流れてきているこの曲‥
お母さんが教えてくれたジャズピアニスト‥
ビル・エヴァンスの「ワルツ・ファー・デビィ」という曲だ‥

それはなんと私の一番のお気に入りの曲だった。

私は信じられない思いで期待が膨らみすっかり目が覚めてしまった。