彼女が家に来た理由。

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 ***  私は何も、気づいていなかった。  彼女はどうして、私の家に押しかけて来たのだろう。  平日昼間の三時というのは、夜よりも住宅街から人気がなくなるものである。マンションの中に、出かけない老夫婦や主婦は残っていても、昼間の三時に外に出かけている人間は逆に多くはない。仕事をしている人は、こんな店もなにもない住宅街に来ることは珍しいのだろうから。  三時であることは、ただのクッキーの口実ではなかった。  その理由を、意味を、私が理解したのは――翌日。自宅に警察手帳を持った男性が尋ねてきた、その時になってからのことだった。 「そこの駐車場で、古里舞花さんが亡くなっているのが発見されましてね。その凶器というのが、どうにもそちらのお宅の包丁らしいんですよね」  昨日の夜も、朝も、気分が悪くて料理をしなかった。旦那が不在ならば無理に料理をする必要もないからだ。その結果、私は自分の家から、包丁が一本なくなっていることに気づいていなかったのである。 「死亡推定時刻っていうのが、どうにも三時過ぎから四時過ぎくらいみたいなんですよ。……丁度のそれくらいの時間に、こちらの部屋でもめている舞花さんと貴女の声を聞いたという証言が出ているのですが……お話、伺ってもよろしいでしょうか?」  直前に揉めていた私と彼女。  なくなった私の家の包丁。  そして、掃除しても簡単に消えることはないであろう、彼女の血の痕跡。 ――なんてこと……なんて、なんて女なの! 『旦那さんが本当に好きなのは、絵莉さん一人。私はけしてそこに入れない。わかっています。それがどんなに悔しくて惨めでも、私なんて結局その程度だってわかってても……!あんなに、あんなに誰かに優しくしてもらったの初めてで……す、好きになってしまったのは、私のワガママだってことくらい、わかってるんですよ……!!』  彼女の言葉がリフレインすると同時に。  私は力なく、膝から崩れ落ちたのだった。
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