彼女が家に来た理由。

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彼女が家に来た理由。

 一体どのツラ下げて来たんだ、と私は思った。  自宅ドアの前には、バスケットを持った女性がおずおずと立っている。いつもと比べて若干地味な髪型と化粧だが、見間違えるはずがない。  古里舞花(こざとまいか)。  丁度出張に行っていて不在の夫、その不倫相手だ。 「あ、あの。クッキー焼けたんです。もうすぐ三時で、丁度いい時間ですし……絵莉(えり)さんにも是非、と思って」  近所に住んでいるこの女は、夫の務める会社で事務員をしている。私と違って若々しく、スタイルが良く、少し派手目な美人といった佇まいの彼女。可愛い女の子が大好きなくたびれたオッサンを引っ掛けるのは、そうそう難しいことではなかっただろう。狙いは何か。金なのか、それともまさか本当に夫のような年輩男性を好むモノ好きなのか。  何にせよ、私にとって到底好ましい相手ではない。時々家に来てはお菓子を差し入れ、ちょっとした友人のように接していた時期があるから尚更だ。私としては、“信じていたのに裏切られた”相手でしかない。  彼女はまさか、自分が知らないとでも思っているのか。夫が残業と称して彼女の家に行っているのを。こっそりと彼女に高価なプレゼントを買うため、私達の講座からお金を引き出しているのを。携帯の中身を覗いたわけではないが――そもそも、あのズボラな夫が携帯にだけはロックをかけている時点でおかしいのである。 ――何を考えてるのかしら、この子は。  少しやつれたような、怯えたような顔をしている舞花。そうやって、私に対して同情心でも引こうとしているのだろうか。  追い返してやろうと思ったが、そもそも自分としても彼女に用がないわけではない。いい加減、いつまでもこの状態を続けていていいとは思っていない。決着はつけなければ。自分はあのぐーたらな夫に、何十年も身を粉にして尽くしてきたのだ。それを、目の前のぽっと出の若い女に奪われるなど、冗談じゃないのである。 「……いいわ、入って。私も話したいことがあるから」  これが、以前のように――普通の友人同士の会話であったらどれほど良かっただろう。  いっそ夫がいなければ、自分達は今でも年の離れた友達として付き合うことができていたのかもしれないのに。
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