彼女が家に来た理由。

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 ***  一応礼儀として、お茶くらいは入れてやることにする。  夫と私用に買った、セットのティーカップ。夫の不倫を知り、夫婦の距離が気まずいものになってからは使われることもなくなった。不倫を知ってから、たった三ヶ月前しか過ぎていないというのに。この三ヶ月で、私も急激に年を取ってしまった気がする。  子供ができないと嘆いていた私を、それでもいいよと背中をさすって慰めてくれた夫。  季節がめぐるごとに、不器用ながら旅行の企画を立てて連れていってくれた夫。  ドジなところも多いし、けしてかっこいい見た目でもなかった彼だが――そのちょっとした優しさと気遣いに、どれだけ私が救われてきたことか。  そしてその器用ではない夫をカバーして、生活の様々なサポートをしていくのはいつも私の役目だった。光熱費の管理をし、毎月の収入と支出を確認しては食費のバランスを取り、仕事以外ではどうしても口ベタな夫に代わって保険を確認し、携帯電話の契約を取り――それが、私の数十年の記憶なのである。 ――何も知らないくせに。私の今日までの苦労も、あの人の本当の愛も、何も知らないくせに。  思わず手に力がこもり、お盆の上に乗せたカップがカタカタと震えた。 ――横からしゃしゃり出てきて、私達の時間を奪おうとするなんて……そんなの、許せる訳ないじゃないの!  彼女はしおらしく、居間のテーブルに座って待っていた。俯いたその顔は見えない。クッキーを乗せた皿の横に、紅茶を入れたティーカップを置いてやった。 「どうぞ」  お礼くらい言ったらどうなんだ。そんな気持ちを込めで強い口調で言えば。 「……ごめんなさい」  消え入りそうな、彼女の声が聞こえた。舞花は顔を上げることなく、涙混じりの声を出す。 「絵莉さんが怒るのは当然だって、分かっています。旦那さんを責めないでください。あの人は、失敗が多くて落ち込むことが多い私を気遣って、優しくしてくれただけなんです。悪いのは私です」 「へえ、わかってるじゃないの」  悲劇のヒロインを気取るのはやめろ。不愉快だ。  私はイライラを隠しもせずに告げる。
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