ランチタイムは3時で終わり

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「やばい、あと5分でクローズか!」 スマホで時間を確認して僕は急いで仕事部屋を飛び出した。目的は午後3時でクローズしてしまう弁当屋にランチを買いに行くためだ。 「いらっしゃいませ」 店員に挨拶されると同時に、僕はあの人を探した。 (いた!ナタリー!) 心の中でそう叫びながら、平静を装って遅めの昼食の弁当を探し、レジに向かった。 「ありがとうございます!」 笑顔で僕にそう言う店員は、奥の調理場からレジに駆け寄って来たナタリーだった。 そして、弁当代の現金を出し、お店のスタンプカードに手をかけた…。 僕は週6でこの弁当屋に通っている。 できれば週7で通ってもいいと思っているし、何なら週14でも喜んで通うのだが、ランチタイムの午後3時までの営業時間で、日曜日は定休日。マックスに通ったとしても週6が限界だ。 そして、もう3ヵ月間、ランチはここに週6で弁当を買いに行く生活を続けている。 たまにはこの弁当以外のランチを食べたい時もあるのに、この弁当屋に通いつめているのは“ナタリー”がいるからだ。 ナタリー・ポートマンにそっくりの店員が。 いつも弁当を仕事部屋に持ち帰ると、僕はそれを作業用のデスクに置き、ナタリー・ポートマンの出ている映画のブルーレイディスクをPCにセットする。 ナタリー・ポートマンにそっくりの店員がいる弁当屋で買った弁当を、ナタリー・ポートマンの主演作の映画を見ながら食べる。 この時間が僕にとっては至福の時だった。 僕が初めてナタリーに(正確にはナタリー・ポートマンに)出会ったのは、映画『レオン』だった。 その時、中学生だった僕は画面の中にいる12歳のマチルダを演じるナタリーに魅了された。 それから20年、彼女の作品はすべて公開初日には劇場に足を運び必ずチェックし、DVDやブルーレイディスクも買っていった。 そして3ヵ月前、たまたま仕事場近くにできた弁当屋で、ナタリー・ポートマンに激似の店員と遭遇したのだった。 最初はナタリーのお店で買った弁当を食べながら、映画の中でのナタリーを見るだけで僕の心は満たされていた。 しかし、毎日のように彼女との時間を重ねるうちに、僕はナタリーとナタリーの映画を見に行きたくなってしまった。 そして、ちょうどナタリー・ポートマン主演の映画の公開情報をネットで目にしてしまったのだ。 ナタリーは少なくとも週3は弁当屋に出勤している。 そして、この弁当屋で働いている店員の数は常時4人。 この4人が調理場で作業をしていて、誰か客がレジに来た時にその中の1人がレジに行き対応するという仕組みだ。 レジに立つ店員に渡せるもの、それは現金とスタンプカードだけ。 僕はスタンプカードに、 「一目見たときから、あなたのことが気になっていました。一度一緒に映画を見に行きませんか?」 と書いた。 このスタンプカードを財布に忍ばせ、レジの担当がナタリーになる日を僕は待ち続けた。 とうとうやってきたその瞬間、まさに目の前にいるナタリーにスタンプカードを渡そうとしたその時に、彼女の視線は僕から店の入口に移り、口元から 「あ、あなた!」 という言葉が漏れた。 僕も彼女の視線を追うように店の入口を見るとそこに立っていたのは、ナタリー・ポートマンの旦那、国際的に活躍するダンサー、振付師“バンジャマン・ミルピエ”にそっくりの男だった。 そこからの僕の記憶は少しおぼろげだが、ナタリーとバンジャマンとの会話、そして、バンジャマンと他の店員との会話を聞いていると、どうやらバンジャマン似の男はナタリー似のナタリーの旦那であり、この店のオーナーでもあるようだった。 そこまで理解したあたりで、ナタリーの 「お客さま、スタンプカードはお持ちですか?」 という声がぼんやりと聞こえた。 「今日は忘れてきてしまたようです…。」 「では、レシートに押しておきますので、次回のご来店の際にお持ちください」 軽くうなづいて僕はその弁当屋を後にした。 仕事部屋に戻ると、僕はナタリー・ポートマン主演で、彼女の夫のバンジャマン・ミルピエが振り付け担当をした映画『ブラック・スワン』のブルーレイディスクを取り出し、真っ二つに割った。 その他の映画もパッケージからディスクを出しては次々と割っていった。 持っている彼女の主演作のディスクをすべて割ってしまうと、どうでもよくなり弁当を置いたデスクの前にある椅子に深く座り、ネットを立ち上げた。 「ナタリー・ポートマン新作、劇場スルーで配信へ!」 どうやらナタリーと見に行きたかった映画は、アメリカでは公開されるが日本では劇場公開されないことを、映画情報サイト「映画ナタリー」で知った。 次の日の昼、僕はずっとあそこの弁当ばかりを食べていたので、他の選択肢を選ぶ力が著しく低くなっていることに気づいた。 「まぁいいか。あそこの弁当美味いし」 そう思って椅子から立ち上がり、時間を確認するとランチタイムの午後3時はもう終わっていた。
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