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『演劇部、静止!』
突然入った放送に、校内がざわめく。その中でたった3人、その声に正しく反応した者がいた。この3人こそ、演劇部である。
『部室まで、最短!』
再び入った放送。その内容を受けて、3人は直ちに行動を開始した。
部室の一番近くにいた1年、愛宮ののはは一目散にステージへ駆け出した。その勢いを殺さず、床を蹴る。片手をついてステージの上に体を引き上げ、しゃがむ形で着地する。そこから瞬時に立ち上がり袖に飛び込んだ。
体育館裏のステージ袖。三年間一度も入ることがない、という生徒もおそらくいるであろうその場所の一角にちいさな銀のパネルが埋め込まれている。記念碑に見せかけたそれは、演劇部部室の入り口だ。
ののはは迷うことなくパネルの前に立ち、自分の手のひらを重ねた。
パネルが僅かに振動する。認証の合図だ。
すると、パネルに刻まれた文字が光った。全てではない。ほんの数個。
ののはの指がその上をなぞる。
それに反応して、パネルの光が次々に消える。
「Open sesame.」
つぶやきに反応して壁が動き出す。
最小限まで抑えられた駆動音が収まると、ののはの目の前にポッカリと空間があらわれた。
(何回見ても、すごい光景…)
感動しつつ部屋に足を踏み入れる。
おもちゃの銃と刀、ドレスが数着にところ狭しと並ぶ漫画、小説。壁には大きなスクリーンとパソコン。その中にどっかりと置かれた形の違う3個の椅子。
野々葉はその中で一番低く、肘掛けのついたどこかの社長室にあるような椅子に腰掛けた。
沈み込むようにして体育で酷使した体を休める。
(もともと運動なんてそんな好きじゃないんだけどなあ…)
つい今しがたステージに飛び乗った人物とは思えぬ発言だが、それが愛宮ののはという少女だった。
国立辰巳北高校演劇部。
彼らは国直営のエリート集団である。
20XX年。日本は第三次世界大戦の危機に瀕していた。こうなったのももともとは例の国の例の人が例のことをしちゃったからなのだが、そんなことは彼らに関係ない。
とにかく、今が国家の踏ん張りどころであると気がついた政府は極秘に進めていた「エージェント·オブ·ベイビー」プロジェクトの完成を急いだ。
ベイビーとは言っても、本当にベイビーを使うわけではない。国家公務員の子供の中から数人を選んでエージェントとして育て、国家の安全に役立てようと言うのだ。
メンバーは愛宮ののはの学年と、一つ上の学年の二学年から成っている。
参謀部隊と実行部隊があり、実際にテロ事件の解決もしたことがあった。
そんな3人なので勿論優秀なのだが、彼らには秘匿義務があるためテストは基本手を抜くように言われている。
が、これはなかなか難しいことだ。
そもそも、国家が持力を総動員して作った彼らは高校レベルのことなどとっくに理解を終えている。しかし、落第しないために授業には出なくてはならない。
その矛盾は彼らの眠気を呼ぶ。
他の生徒とは一風変わった動機ではあるが、3人は授業中の睡魔との戦いというもっとも高校生らしいといえる問題に直面しているのだった。
(なのに…)
国家が産んだ天才児の一人は椅子の上で丸くなったまま思考を巡らせる。
(あんなにカモフラージュを徹底しているのにこんな危険を犯すなんて…ついにこの国のお偉方の頭が馬鹿になったのかしら)
国が生んだ天才児は、この国の弱さもよくわかっていた。
「あんたたちは今ぐらいがちょうどいいのよ。」
ののははつぶやいてつむっていた目を開いた。
同時に一人の男が顔を覗かせる。
「ヤッホー。イケメンくん」
「早いな、愛宮。」
思春期の少年が受け得る最大の賛辞をあだ名に冠した少年は少し恥ずかしそうに、しかしその言葉を否定することなくののはに挨拶した。
1年、波多野遊。実行部隊のハニトラ係で、きれいな顔立ちをしている。
遊はののはの隣にあった華奢で背の高い椅子に腰掛けて持っていたカバンをおろした。
「カバン、どうしたの?」
「掃除終わりでカバン移動させるとこだっったんだよ。」
「置いてくればいいのに」
「どんぐらい非常事態かわかんなかったからな。いいんだよ、二番だから。」
「あっそ。」
ののははオーバーに空を仰いで呆れた顔をしてみせると、制服の内ポケットから何かを取り出した。
手に収まるほど小さく作られたそれは、ののは専用の工具セットである。
「こないだ、ウィンチの調子悪いって言ってたでしょ」
「ああ。悪いな」
遊はすぐに取り出せるよう袖口にとりつけられた器具を外してののはの手に載せた。
器用に工具を差し込みウィンチの具合を調べるののはに遊が他人事のようにつぶやいた。
「何事かな…」
「気にしても仕方ないでしょ。」
冷たく返したののはに遊が苦笑する。
「しゃーねえじゃん。気になるもん」
「まあ、死なないといいけどねえ。」
「うわ、他人事。」
「他人事だもん。私、参謀部隊だし。」
「ひどくね…?」
「せいぜいこき使ってあげるわよ。」
「死なない程度に頼むわ。」
「保証はできないなあ〜」
「おい!」
思わず立ち上がった遊に修理の終わったウィンチが投げられる。遊はさすがの動体視力でウィンチを掴んだ。
袖口に取り付け、何度か試してののはを振り返る。
「よく、あんな軽口叩きながらこんな繊細な仕事できるな。」
「私をなめちゃあいけませんぜ。てか、あんたもちょっとは覚えなよ。」
「無理。俺そういうの超苦手。」
「知ってるけどさあ…!
ののはが肩をすくめてみせたその時、
「どーもー」
「漫才ですか、先輩?」
「そこ突っ込むな。なんとなくだ」
入ってきたのは唯一の2年で演劇部のリーダー、堤宏太。学年内でも成績優秀者しか入れない特進クラスに所属している。
「何があったんですか?」
「わからん。とにかく緊急出動要請が来た。」
「…校内での呼び出しなんて、よっぽどですね。」
「ああ。」
原因を考えようと頭を巡らせる二人をよそに、ののはは備え付けのパソコンに向かっていた。
「政府とつなげますよ。」
「OK。よろしく。」
宏太の許可を確認したののはがスラスラとキーボードを叩いた。
壁に取り付けられたディスプレイが起動する。
明るくなった画面に登場したのは総理大臣。普通の国民ならありえない自体だが3人にとっては日常だ。
「お久しぶりです、総理。」
いっそ冷ややかともいえる声で宏太が口を開いた。
総理大臣の顔がこわばる。
(そのぐらいの顔をしてくれなくては。)
宏太は心の中で嘲笑う。
(俺たちはこの国の秘密兵器で、最大の脅威だ。)
「何したんですか?」
「…水爆が日本国内に持ち込まれた。」
圧倒的な破壊力を持つ直接的な武器の名に3人の表情が固まった。
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