午後三時のシンデレラ

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 今日は、収集してきたゴミをさらに選別し、使えるものと、そうでないものに分ける日だ。  人通りなどないに等しい祖父の喫茶店の脇で、僕は軍手をした状態で目を凝らす。  陽の光を浴びて輝くものは、なかなか掘り出しものといえるので、こうして外での選別作業は理にかなっている気もする。  カチ。  ゴトン。  なにかが動く音がして、僕は顔をあげた。  音は時計台の方から聞こえ、長針が頂点を指そうとしていることに気づく。  三時の合図だ。  ふと、祖父の言っていた「特等席」を思い出す。  こんなタイミングで店の前にいるということは、神さまがくれたチャンスではないだろうか。  ギギギ……。  軋んだような音がして、時計台の窓が開く。  建てつけの悪い、変形した引き出しのように、ゴトゴトと迫り出してきたオブジェ。祖父が言うところの「お姫さま」など、存在しない――と思っていた。  ところが、こうして見上げると、奥にかすかに人型が見えた。  裾の長いスカートがひだ(・・)を作り波打っている。頭に王冠のような飾り――ティアラというやつだろうか、なにかが載っている。いかんせん角度が悪く、影になっていてよく見えないけれど。  僕は喫茶店の中へ入ろうとしたが、鍵を開けていないことを思い出して焦る。  ゴト、ゴトン。  回転した像が、奥まった位置に隠れている女の子を僕の視界から遠ざけ、鍵を取り出そうとしている間に、一行は時計の中へと帰還したのである。  嘘だろ、なんだあれ。あんなの知らないぞ。  祖父が言っていた「特等席」の意味はつまり、角度の問題だったのだ。  あそこから見なければ、きっと彼女には会えない。  そして、小学校低学年児の身長でも、やはり見えづらい位置に隠れている。  一日に一度だけ、そして指定された場所でしか見ることの叶わない相手。  僕は翌日もそこへ赴いた。  三時に合わせて席に着く。  迫り出してきた台座、カン、カン、カンと叩くだけの乾いた金属音が三回。  奥の方に隠れるようにいるお姫さま。  ふと、その足元がキラリと光るのが見えた。  片足だけが光を反射し、輝きを放っている。  ぐるりと回転するカボチャのオブジェと、四本足の動物。  劣化して、いくつかの箇所が欠落しているから気づかなかったけど、ひょっとしてあれは「カボチャの馬車」なのだろうか。  商店街だから野菜が載っているのだとばかり思っていたが、動物がいて、棒を振り上げた人がいるのは、そういうことなのか。  おそらく、部品がどこかに引っかかって、手前に出ることができなくなった女の子は、片方だけに靴を履いたまま、見つけられる日を待っている。  しかし、なんだってシンデレラなのか。  どうせなら、十二時に登場させればいいじゃないかと思ったが、何度か見ているうちに僕は気づいた。  足元に差し込んだ光が当たる時間帯は、三時の太陽なのだ。  十二時では高すぎるし、六時では低すぎる。  だから彼女は、午後三時のシンデレラなのだ。  無機質な電子音と、錆びついて壊れた、響かない鐘を復活させるにはお金が必要だけど、寂れた商店街に、時計に割くお金はない。  学生の僕にだってそんなものはないし、自分で修理しようにも、技術がない。  自宅兼店舗として住んでいる人に話を持ちかけても、積極的に動こうとしてくれる人はやっぱり少なかった。  商店街に人を呼ぼうと思っても、便利なショッピングモールが近くにあるのだから、買い物目的での集客は望めないだろう。  ゴミアートを飾り、写真を撮ってはSNSにアップしながら悩む日々をつづけていると、美術部の同級生に声をかけられた。彼は僕のSNSを友達経由で見たらしく、飾ってある場所に行ってみたいのだと、熱心に乞う。  さして隠すことでもないので、両親に話をしてから、彼ら(他にも仲間がいたらしい)を店に案内した結果、展示物が増えることになった。  祖父の喫茶店は、僕らの展示会場と化した。  鑑賞しに訪れる人まで現れはじめた。  これはSNS効果だ。  僕以外の人もSNSに写真を上げるようになり、どうせなら共有しようということで、固有のタグを決め、各自がアップするようになったせいだろう。  学校を飛び越して、他の校区の生徒にまで知れ渡るようになり、僕らの活動は賑わいをみせることとなった。  商店街は、以前よりも人が増えた。  広場のベンチは学生たちの休憩場所になっている。  昔からやっている食堂は、学生をあてこんでジュースやアイスクリームを販売するようになった。あそこのおじさんは、なかなかに商魂たくましい。  アンティーク観満載の祖父の店は、そういった要素が好きは人にはストライクだったらしく、展示よりも建物や食器を見るためにやってくる人――主に女子が増えてきている。もともと実用品だし、飾るためのものではないため、「お触り厳禁」というわけでもない。  だが、さすがに怒られるだろうかと祖父に事情を説明したところ、(ふさ)ぎがちだった祖父が腰をあげ、久しぶりに店へ足を向けてくれた。  僕のゴミアートに加え、美術部員たちによる作品、最近では金物細工が趣味だというクラスメイトも加わり、多国籍を(よう)する状態と化している。  ゆっくりと店内を歩きながら、作品を見てまわり、そして祖父はひとつの席に辿りつく。  時刻はもうすぐ午後三時。  カン カン カン  乾いた鐘の音が聞こえるなか、僕は祖父の隣に立って、同じく外の時計を眺めた。  おじいちゃん、僕、お姫さまを見つけたよ。  恥ずかしがって、奥に引っこんでしまったお姫さまを、いつか太陽の下に出してあげたいんだ。  壊れてしまったガラスの靴を修復して、今度は両足に履かせてあげようと思うんだけど、それはやっぱり無粋かな?  午後三時のシンデレラは、まだ僕と祖父だけの秘密だった。
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