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 咲田(さきた) 未津穂(みづほ)さんという司書さんを意識するようになったのは、小学校高学年の頃からでしょうか。彼は僕が幼いころから市の中央図書館に勤めていました。僕をよく気にかけてくれたので、自然と顔と名前を覚えました。  どういう風に気にかけてくれたかというと、まずはよく声をかけてくれました。どこの小学校なの、何年生、どのあたりに住んでいるの、何の本が好き、今日は学校で何をしたの、等々。それから時折お菓子をくれました。彼の若葉色のエプロンのポケットからは、一口チョコや、笛のように音がなる飴や、小さく個別包装されたドーナツなどがよく出てきました。僕はそれを、閲覧室を出たところにある日当たりの良い廊下のベンチでゆっくりと食べるのが好きでした。そこには給水機もありました。家の水道から飲む水よりはるかに冷たくて清潔だったので、僕は家に帰る前にいつもなるべくたくさんの水を飲みました。余程喉が渇いていると見えたのか、稀に咲田さんが自販機でジュースを買ってくれることもありました。  咲田さんはいつしか僕のことを奈央人、と呼び捨てにしていました。彼はとても爽やかな青年でした。エプロンをしていなければ大学生にしか見えず、実際若かったのだと思います。背も程々に高く、手足はすらりとしていて、とても格好よかったのです。何よりも、目や話し方がとても優しい人でした。ですから図書館を訪れる子どもたちや、他の司書さんたちにもとてもよく好かれていました。  彼にはじめて「一緒に飯を食わないか」と言われたのは、小学校六年生の秋休みだったと思います。一学期と二学期の間の、二日間しかない休みです。学校の給食以外で誰かと食事をするということをしたことのなかった僕は、言われている言葉の意味が分からず、きっとぽかんとしていたと思います。そんな僕を見て、あははと声を出して笑った咲田さんの顔を、僕は今でもよく覚えています。彼の背後に大きな窓があって、そこから西日がたくさん射しこんでいて、とても眩しかったことも覚えています。ラーメン好きか、と言う彼に、好きでも嫌いでもない、と返すと少し困った顔をしましたが、それでも図書館が閉まったあと、咲田さんは僕を近くのラーメン屋さんに連れていってくれました。一杯を食べきることはできなかったけれど、はじめて食べたお店のラーメンは、きっと十一歳の子どもにとって、ひどく美味しかったのだろうと思います。  それから時々、咲田さんと一緒にご飯を食べました。ラーメンのときもあれば、マクドナルドのときもあり、ファミレスのときもあり、定食のときもありました。  六年生の冬頃だったでしょうか。僕は咲田さんの家に招かれました。咲田さんは独り暮らしでした。僕の家とあまり変わらない狭いアパートでしたが、とてもよく片付いていました。こたつ用の正方形のテーブルと、いつも敷きっぱなしの布団、それからカラーボックスにぎっちりと詰め込まれた本。その部屋で僕はどれだけの時を過ごしたでしょう。咲田さんは何度も僕を家に連れて帰り、一生懸命料理をしてくれました。上手く包めなかったオムライスも、焼きすぎた餃子も、真空パックをボイルしただけのハンバーグも、人参を入れ忘れた肉じゃがも、全部全部、僕は喜んで食べました。  そう、僕は咲田さんとの日々に間違いなく喜びを感じていました。彼が優しくしてくれれば僕は嬉しく、彼が少し疲れている風だと胸が痛み、彼のご飯は上等ではなかったけれど、僕の生涯で一番のごちそうでした。  なので彼に「奈央人は笑わないね」と言われたときはとてもびっくりしました。自分では笑っていたつもりだったのです。自宅の水垢がこびりついた洗面台の前で、鏡をみながら笑ってみました。左の頬がほんのわずかにぴくぴくと震えただけで、僕の口角は一向に持ち上がりませんでした。それは結構な衝撃でした。それから僕は毎日寝る前に笑う練習をしました。ですが咲田さんの前で僕が笑えていたのかは、最後まで分かりません。  ですが愛想もなく口数も多くない僕に、咲田さんはいつでも優しかったのです。僕が彼に何か我儘や要求を伝えることは滅多にありませんでしたが、たとえば他の子どもとしゃべっているのをじっと見ていると、後から頭を撫でてくれて「みんな大好きだけど奈央人が一番だよ」と言ってくれました。学校で面白くないことがあった日には、何をどう察したのか、家に泊めてくれて、一晩中僕を抱き締めて眠ってくれました。母親が支払いをしていなくて修学旅行に行かなかったことを話すと(旅行期間中は図書室で本を読んだり、司書の先生の手伝いをして過ごしました)、レンタカーを借りて鎌倉と横浜に連れていってくれたこともありました。  多分咲田さんは天使か、あるいは仏なのかもしれないと思ったこともありました。ですが僕は新約聖書も旧約聖書も歎異抄も読みましたし、キリスト教や仏教に関する本も随分たくさん読みました。しかし天使も仏も両性具有だったり性別を持たなかったりするそうです。その点咲田さんははっきりと男性でした。なぜこう断言できるかというと、彼の雄の面を僕は何度も見たからです。
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