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プロローグ 教授がエロラノベ作家でイイですか?
空を見上げた。
夏の終わりの空には雲一つ無く、澄んだ空は西の空から夕日により少しずつ赤く染められている。
上叡大学・東山キャンパスから西の方角に目を遣れば、近隣の街並みが一望できた。街並みの向こう側の遠くには、西の山々が見え、その向こうに沈みゆこうとしている夕日が目に刺さる。
総合C棟を出て西のキャンパス通用門に向かう坂道で、下吹越エリカは足を止めた。さっきまで居た、南雲先生の教授室は丁度この辺りから見上げた二階の部屋の並びのどこかの筈だ。左肩に掛けたトートバッグの手提げ部分に右手を遣って、肩からずれないように左肩を押さえる。
――ヒュウゥー
坂の下から吹き上げてくる風は夏の終わりを教えながら、夕方の涼しさを運ぶ。
下吹越エリカは右斜め後ろに立つ建物の二階の窓ガラスの並びを振り返るように見上げた。
窓ガラスには西から差す夕日が反射し、下吹越エリカにはどの部屋が南雲仙太郎教授の部屋か判別出来なかった。下吹越エリカは、その反射する光に目を細めながらも、ほんの三十分ほど前に起きたことを思い出していた。
思いがけず手に取った原稿、ソファに横たわる南雲仙太郎教授の無防備な寝顔、そして、知らなかった、……できるなら卒業まで知らずにいたかった事実。
改めて、ほんの三十分前に起きた出来事を、脳内で反芻すると、その記憶で、頭がクラクラしはじめる。あまりの衝撃に心が麻痺してしまう。そんな揺れる気持ちを落ち着けようと、下吹越エリカは真上を向き、目を閉じた。
心の中で声にならない声が……、想いが湧き水のように溢れ出す。
――私の教授がエロラノベ作家だったなんて……っ!!
ほんの一時間前にそこにあった世界が崩れさり、全く知らない異世界に連れてこられてしまったような不安感が、下吹越エリカの心を支配した。
そして、信じていた何かに裏切られたような切なさと寂しさが静かに広がる。
――私、あの教授の指導の下で、ちゃんと卒業論文を書き上げることができるのかしら……? 私……、ちゃんと卒業できるのかしらっ……!?
卒業への不安は、将来への不安へと繋がり、深い闇が下吹越エリカの心を否応なく支配する。
全く知らない異世界に放り出された切なさと、寂しさ、悲しさが胸に溢れ、空を見上げる下吹越エリカの瞼を熱くした。自分でも気付かない間に、瞼から涙が溢れ、目の端からこぼれ落ちた涙が左頬を伝って落ちていく。胸から溢れる複雑な想いの塊が、喉元に突き上がり、それは、小さな嗚咽へと変わった。
卒業まであと半年となった大学四年生の夏の終わり。
下吹越エリカの物語は動き出した。
エロラノベ作家の教授と共に。
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