第十話 彼氏の部屋なら何をやってもイイですか?

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第十話 彼氏の部屋なら何をやってもイイですか?

 柊エリカは、夏休み前に付き合っていた彼氏が自分のことを「騙していた」という。ケイコに捕まえられた男性が、肉食系で女豹の彼女を騙すなんて、エリカにはなかなか想像し難いのだが。  また、誇張表現だろうとは思いつつも「騙したとは、穏やかじゃないなぁ」とエリカは思っていた。 「彼ってさぁ、大人の男性って感じだったじゃん」  柊エリカは思い出すように話しだす。 「うんうん」  下吹越エリカは、とりあえず相槌を打った。  正直なところ「感じだったんじゃん」と言われても、知らない。エリカは、街中で一緒に歩いている二人に一度だけばったり会ったときのことを思い出す。ケイコの彼氏はスーツ姿の爽やかそうな感じの男性だった。  まぁ、といっても新入社員に毛が生えたという感じで、大人の男性、というよりかは、駆け出しの社会人感があった気がする。それでも、就活生としてのケイコから見て「大人の男性」の先輩と見えるのは、それはそれで分かる。   「私もさ-、やっぱり、そういう大人の雰囲気っていうの? なんて言うか、これから始まる社会人生活、オシャレな世界? みたいなのに憧れてたわけ」 「……うん」  エリカは「それって、彼自身の人柄とか関係なくて、ケイコ側の思い込みと希望だよね?」というようなツッコミを入れようかと思いつつも、とりあえず最後まで聞くことにした。 「ところがさー、全然違ったのよぅ~」  聞いて、聞いて、ばかりに、ケイコはテーブルを両手でバンバン叩く。 「何が?」 「あのね。エリカ。私、夏休みについに彼の自宅に行ったの」  うんうん、とエリカは頷いて、ケイコの話を促す。 「彼、そこそこ良い感じのマンションにひとり暮らししてたんだけどね。あ、それまでは、大体、外で会ってたんだけど……。なんだか、『自宅は散らかってるから見せたくない』って言われてて」  まぁ、男性の部屋が散らかっていて、足の踏み場も無かったりするのは良くある話だ。エリカの実家の弟の部屋も、足の踏み場もない。 「でも、ようやく夏休みに彼の家に行ったわけ、そしたらさ」 「散らかってたの?」 「ううん、全然。頑張って準備してくれたのかもしれないけど、部屋は片付いてたわよ」 「まさか、別の女性が居たとか……?」  エリカがゴクリと唾を飲み込み身構えると、ケイコは 「何言ってんの?そんなわけないじゃん」  とケロッとした顔で答えた。 (だったら何なんだろう?)  と、エリカは小首を傾げる。 「彼の部屋に入ったらね。壁にポスターが貼ってあるの! 大人の男性の部屋のポスターっていったら、アートなポスターか、まぁ、ミュージシャンのポスターとか、そういうの想像するじゃん!」  まぁ、それもかなりの偏見と思い込みな気もするが、エリカは「うんうん」と頷いた。 「ところがよ、貼ってあったのはアニメのアイドルのポスターだったのよ! えっと、ラブ○○ブだっけ? なんか、九人組くらいのアニメキャラクターのアイドルグループ? 信じられない!」  まぁ、それもアートで、ミュージシャンなポスターではあると思うが、きっとケイコ様のお眼鏡には適わなかったのだろう。それにしては不用心な男性である。ケイコの性格を考えれば、そんなポスターを貼ったままにしておくことが、大きなリスクであることは、容易に想像出来ただろうに。  もしかしたら、男性側も、長く付き合っていくにあたって、自分自身の趣味を理解しておいてもらいたいと大勝負に出たのかもしれない。もしそうなら、結果として、その大勝負は大敗北で試合終了したわけだが。 「でも、アニメが趣味の男性って最近多いみたいだし、そのくらいはいいんじゃないの……?」 「えー、ダメだよ! ぜんっっぜんダメっ! だって、自室ってことはベッドルームなんだよ? そこに女のアイドルのポスターがあって、それが、なんかよくわかんない可愛いアニメキャラなんだよ? 彼とエッチしているときに、そのアニメキャラの女の子達に見られてるみたいな格好になるんだよ? それでいて、彼の心は、そんな二次元の世界の女の子達を可愛いって思いながら、私とエッチするんだよ? そんなの耐えられないに決まってるじゃん」  柊ケイコは、そう捲し立てた。  さすがに、内容が内容だけに、隣のテーブルに聞こえないように、声のトーンは抑えていたが、すごい剣幕だ。エリカもさすがに圧倒される。  なにか、かなり屈折したものも感じるが、圧倒されながらもエリカは、ケイコにここまでの感受性があったことに、逆に感心した。自分だったら、そこまでは考えないかもしれない。 「しかも、それだけじゃないの」  ケイコが続ける。 「彼の部屋に本棚があったのね。もちろん、『どんな本よんでるかな-?』って気になるじゃない? 村上春樹? 林真理子? それともノンフィクション、SF? ってね。大人だし。そこで、彼がキッチンでお茶を煎れてくれている間に、私、物色したのよ」  エリカが「勝手に、本棚物色するのって良くなくない?」というと、ケイコは「え? 彼女だし、いいじゃん」と事も無げ答えて、続けた。 「ところがよ!彼の本棚にあったのって、ぜーーーーーーんぶ、ライトノベルだったの。ラノベよ、ラノベっ! 純文学もノンフィクションも学術書も一切なし! 別に、ラノベなのは良いんだけどさ……。私も読むし」 (読むんじゃんっっ!)  と、下吹越エリカは声に出さずにツッコむ。 「でもね……。ただのラノベじゃなかったの。表紙を見て、中身をパラパラっと捲ると酷いわけ。カラーの挿絵はモンスターの触手に縛られる裸の女の子だし、真ん中の半分くらいの挿絵もなんだか、裸とか下着姿とか水着姿の女の子のイラストなの。しかも、絵柄が、アレ、『萌え』って言うの? 目が大きい、あの、完全にアニメですって感じのやつ」 ――あー、どこかで、聞いた話だナァー  エリカは一人、遠い目をして、カフェのガラスの壁の向こう側に目を遣った。
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