第六話 ラノベを買ってイイですか?

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第六話 ラノベを買ってイイですか?

 コミックスコーナーの横にあるライトノベルコーナーの本棚には、下吹越エリカが探していた未恋川騎士のタイトルが三冊も並んでいた。  探してはいたが、正直なところ、見つかるとは思っていなかった。  ――「アルファ・ノクターン」 未恋川騎士  ――「聖☆妹伝説 アポカリプス(1)」 未恋川騎士  ――「聖☆妹伝説 アポカリプス(2)」 未恋川騎士  その三冊は、まるでそこに居るのが当たり前かのように本棚に納まっていた。自然だ。三冊とも同じレーベルから出ているようだった。DT文庫。下吹越エリカにとっては聞いたことのないレーベルだったが、書店の本棚一つ分とは言わずとも、半分程度はDT文庫の作品で埋められているのを見ると、そこそこ有名な出版元なのだろう。 「結構、ちゃんとしたところから出てるんだ……」  下吹越エリカは、そんな感心したような、それでいて、呆れたような、幾つかの感情がないまぜになったような妙な気分がした。 (ホント……、『なんだかなー』だよね)  右手人差し指を伸ばし、書棚に並んだ文庫本の内の一冊、「聖☆妹伝説 アポカリプス(1)」の頭を指先で押さえて引き出して、そっと手に取った。自らの手の中の、その小さな文庫本の表紙に目を遣る。  表紙には剣を持った格好良い男の子が、右腕に少女を抱え何かに向かい合っているイラストが正面カットで書かれていた。いかにもアニメやマンガのファンタジー作品っぽいカットだ。下吹越エリカにとっては、小説と言えば、恋愛ものの文芸作品やミステリーだ。そして、そういう作品の中でのヒット作は実写ドラマ化、映画化されるイメージだ。だから、こうやって、アニメ絵を堂々と書かれると、ちょっとどういう小説なのかよく分からなくなる。首を傾げながらも、コミックスコーナーの横に並んでいることから、マンガかアニメの原作だとでも思えばいいのだろうと、納得することにした。 (こうして見ると、ちゃんとしたマンガイラストも入ってるし、プロっぽいなぁ~)  プロなのだが。  エリカが文庫本をひっくり返し、裏面を見ると、作品紹介が書かれていた。 ――――――――  異世界に飛ばされた妹カナデを助けるために、自らも異世界に転移したハヤト。転移した世界は、人間と魔族の争いが続く世界。異世界に転移したハヤトは、自分自身が「勇者の力」を持っている事に気付く。勇者の力とは、おっぱいを揉んだり、キスをした女の子にとびっきりのエネルギーを与える事ができるというものだった!人間の女の子だけじゃなく、魔族の女の子も仲間にしながら進めハヤト!ちょっとエッチなハーレム冒険活劇が今開幕!「俺の妹は俺のものだっ!」 ―――――――― (…………うーーーーーーーん)  また、要らぬモノのを見てしまった。それが偽らざる気持ちだった。  下吹越エリカは、胸の奥底、横隔膜のさらに底から、残念な気持ちが湧き起こってくるのを感じずにはいられなかった。もはや、二時間半前のように「なんじゃこりゃーーー!」と叫ぶことはなかったが、この本が、あの上叡大学教授・南雲仙太郎の書いたものかと思うと、やっぱり、理解しがたいものがあるのだ。  パラパラと文庫本のページを捲ると、案の定、少女の裸や主人公らしき男性に胸を揉まれているネコ耳娘のカラーイラストがあり、モノクロのページ、文章の本体の中にも、時折、可愛らしいイラストが挿入されていた。一応、最後の方には、なんだか大きなモンスターに対峙する主人公の凜々しい姿も描かれていたが、どうかんがえても、圧倒的に女子の裸体イラストの方が多いように見える。  書籍の中では主人公が戦っているが、書籍を手に取った下吹越エリカも負けずと心の中で戦っていた。葛藤である。常識と非常識との戦い。これまでの先生のイメージと、本日上塗りされた先生のイメージとの戦い。  しばらくして、「よしっ」と意を決したように、下吹越エリカは左肩のトートバッグを掛け直し、その本――「聖☆妹伝説 アポカリプス(1)」 未恋川騎士――を持って、書店のレジに向かった。  半分、いや、ほぼ全部、怖いもの見たさだった。  結局まだ、原稿だって、さわりだけしか読んでいない。そのさわりと、タイトルとペンネームだけで、完全な拒絶反応を示してしまい、頭ごなしに南雲先生にいろいろ言ってしまったが、やっぱり、ちゃんと理解しないままに、批判したり、敬遠するのは良くない。  しかも、どういう見た目であれ、自分の指導教員の頭の中から出てきたものには違いないのだ。そこには、そこはかとなく、先生の研究の本質に繋がるテーマが隠れているのかもしれない。 (やっぱり、何事も、意見を言うなら、ちゃんと読んでからだよね) 「ありがとうございます。一冊で640円になります~」  下吹越エリカは、財布から千円札を取り出し、お釣りの360円を受け取った。店員の男性は学生アルバイトだろうか。商品を確認する際に、表紙とタイトルを見てから、下吹越エリカの顔を二度見した。思わず、下吹越エリカは赤面し、視線を逸らしてしまった。やっぱり、女の子がこんな本を買うなんて可笑しいんだろうか。  アルバイトくんは、特に何も特別なことを言うことなく、丁寧に文庫本にブックカバーをつけると、お店の袋にいれて、下吹越エリカに手渡した。 「ありがとうございました~!」  下吹越エリカは右手で商品を受け取ると、本の入ったビニール袋をそそくさとトートバックにしまい、ペコリと頭をさげて、レジ前を立ち去った。  そのまま書店を出て、自宅へと歩き出す。  下吹越エリカがこの世の暗黒側面ダークサイドへと足を踏み入れた瞬間だった。
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