第一章 チェイサー

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04. 撤収  モール内で倒れていた四人は、吐血こそしていたものの、まだ息はあった。  転移の膨大なエネルギーに晒されながら、昏倒で済んだのは、小さな形代が多少なりとも役割を果たしたということだろう。  セイジが彼らのために携えてきたのは、治療用の薬剤が収められた救急ケースである。単なる調合薬ではなく、転移地から見つかった遺物(・・)の薬だ。  この世界に突如現れる転移地は、年々、発生数が増加している。  いきなり円形に一区画を切り取って、別の土地に入れ替わるのだから、竜巻よりタチの悪い災厄だった。破壊どころか、元の地に在った物は、全て消え失せるのだから。  十一番の符号が振られたこの街で言えば、最初は千人近くを巻き込んで、転移が発生したと言う。  その復興も終わらない半年後に、また五百人規模の陣が生まれ、現在までに五回、いや今回を加えて六回の大規模な転移現象に見舞われることとなった。  丸鍋程度の小型転移はしょっちゅう観測されており、被害を無くすことは不可能だ。  街は転移の重発生地点として破棄され、住民は北へ避難する。こんな廃棄都市は、国の南部には数えるのも面倒なほど存在していた。  極小さな転移は太古より起きてきたとされるが、人が耐えられない頻度で災害(・・)が発生し始めたのは、百年と少し前のこと。  この国、そして世界は、転移によって虫が食ったように穴だらけにされ、今も深く傷を付けられ続けている。  セイジは乳白色のポリ容器の蓋を開けて、一度、窪ませた右手の上に中の液体を注ぐ。  貴重な薬を無駄遣いする気はなく、少量を(こぼ)さずに受け止めると、その透明の液に意識を集中させた。  人を苦しめる転移にも、メリットが一つだけ存在する。  出現した謎多き地点は、誰が名付けたのかゾーンと呼ばれ、大抵は政府が最優先で調査と確保を行う。  ゾーンからは、異世界の機器や資源が手に入るからだ。  小さな砂浜であっても、馬鹿には出来ない。  さすがに砂や小石には、さほどの価値はないだろうが、並んでいた木の杭は気になる。あんな何処にでも在りそうな素材が、時として尋常でない力を秘めているのだから侮れない。  そう、この彼が持つ液体のように。  右手が青白く光り出したのを見て、セイジは倒れる者たちの頭部へ、液を振り撒いて行く。(しずく)を飛ばす姿は、洗礼でも施しているようだ。  光る滴がそれぞれの身体に吸い込まれた途端、皆はモゾモゾと身じろぎを始めた。  眼鏡の青年が、まず手始めに上体を起こす。 「ボクは……一体……」 「死にかけてたんだよ。後でたっぷり、反省しろ」  通路を駆ける足音と共に、背後から名を呼ぶ叫びが聞こえた。 「クラネガワさん!」  その名前にセイジが僅かに眉を寄せ、眼鏡の男の顔を見る。弱々しく手を挙げたところからして、青年がクラネガワで違いないだろう。  走り寄って来たのは二人、ニキシマが退避させたメンバーが、転移終了を待って戻って来たのだった。  他の連中も徐々に意識を取り戻し、六人で再会を喜ぶ。  苛立つセイジの叱責が、その茶番の解散を命じた。 「軍が来る、さっさと動け!」 「は、はいっ……どこへ?」 「自分の車だよ、撤収だっ!」  まだふらつく仲間に肩を貸しつつ、彼らは駐車場へと歩き出す。  保護者役を務め終えたセイジは、クラネガワたちを追い越して、さっさと外へ向かった。  途中、重い化石片に難儀していたミサキと合流し、十分の一サイズになった破片を二人で車へ運ぶ。大きな欠片は、放置していくしかない。  モールの前では、ニキシマとシェールの両チームが、遺物の収集に勤しんでいた。杭を引っこ抜いて、砂をバケツに掬い、海水らしき液体をボトルに詰める。  機械や未知の鉱物でもあれば大当たりで、その意味では今回は外れクジであろう。これも転移陣が縮小した悪影響であり、大規模なゾーンを期待していたシェールは、機嫌の悪さを隠しもせず仲間へ怒鳴り散らす。  栗色の髪を振り乱す彼女は、ニキシマよりも古くから活動するベテランで、セイジが初めて会った時には既に小皺が目立つ歳だった。  慎重派故に、無知な新顔に掻き回されたのは腹に据えかねる事態で、怒りはそうそう治まりそうにない。  人助けを責めはしないだろうが、迂闊に構えばとばっちりを喰らいそうだと、彼は目を合わせないように気をつけた。  オフロード車に乗り込んだ彼がゾーンの脇まで車を進めた時、上空から低い機械の唸りが響いてくる。  フロントグラス越しにも、星の光を遮る巨体が確認できた。  軍の輸送機――側面に突き出た十二のプロペラで飛ぶ巨大飛行船だ。  ニキシマがサイドウインドウを小突くのに気付いて、セイジは窓ガラスを下ろす。 「連中が来た。撤収しよう」 「集合場所は?」 「タイザの市場の隣、劇場跡へ」 「第十廃棄都市か、遠いけど……妥当だろうな」  軍からは可能な限り離れた方がいいだろうと、彼もその安全策を受け入れた。  中年のチームリーダーは、彼へ挨拶代わりに左拳を軽く掲げ、仲間に向き直る。 「車に乗れ、撤収だ!」 「了解!」  追跡屋たちが、慌ただしく数台の車へ乗り込んで行く。彼らの喧騒を残し、セイジは一足先に南へと車を発進させた。 ◇  第十廃棄都市は、かつてはタイザと称された古い港街だ。  もちろん、今は港湾機能を失い、公的な地図からも抹消された。  然しながら、第十一都市とは違って、こちらにはまだ住民が存在する。  災害に巻き込まれる危険を承知で、穴だらけの街に住み着いた者たち。彼らは街が放棄されてから、敢えてやって来た遺物目当ての“棄民”である。  セイジのような追跡屋や、遺物を扱うブローカーを中心に、社会からはみ出した人間たちがコミュニティーを形成する。  来歴を問われないため、法の網から逃げる者もそれなりの数が居着いていた。  政府にとっては不愉快な棄民も、案外に目溢(めこぼ)しされており、住み心地は悪くない。  ゾーンを軍や政府機関だけで調査するには、限度があるのだ。セイジたちのように無茶をする棄民は、手っ取り早く遺物の正体を調べる手段ともなる。  定期的に行われる犯罪者の捜索と、盗品回収と称して遺物を徴発されることに注意すれば、細かな規則に縛られずに済む分、快適ですらあった。  第十都市の郊外には、丘の上に近代的な大型劇場施設が建つ。  昔日ならオペラやコンサートが催された場所で、現在はブローカーが倉庫代わりに使っていた。  劇場には広い三階建ての駐車場が隣接し、こちらが遺物や生活雑貨を売買するタイザの市場だ。  市場に向かう暗い旧国道を、セイジたちの乗る黒い車が先を急ぐ。  ヘッドライトで前方の視野を確保しても、落石や倒木の恐れがあるため、昼ほどの速度は出せない。  劇場まで、約一時間半くらいのドライブだった。 「避雷針は転移しない、それっておかしいわよね」  後部席で第十一都市でのデータを整理しつつ、ミサキが考察を始める。  苛立った早口から、いつもの冷静な口調に戻ってはいるが、今度は解けない疑問に頭を悩ませていた。 「割れたトンボ玉は消えてたから、避雷針ってだけで弾かれるわけじゃない。条件は……力の強さかなあ」 「じゃあ、私たちも力が強いからダメってこと?」 「かもしれん」 「なら、次はバラバラに刻んでみる?」  黒い冗談はヤケクソの皮肉にも聞こえたが、バックミラーにはニヤリと笑う彼女が映る。どうやら本調子に復帰したらしく、こういうところは頼もしい。  彼女もまた、セイジと張り合う狂血の相棒なのだ。  港街まで半分を過ぎた頃、崖が崩れて道に土砂が撒き散らされた箇所に差し掛かる。ちょっとした砂山のように盛り上がる難所と化していたものの、彼らの乗るオフロード車には大した障害でもない。  太いタイヤで土を噛み、一気に荒れ道を乗り越えると、そこから更に林道へと進入した。  この道はタイザへの最短距離ではあっても、この未舗装の山道が嫌われて、ニキシマたちは別ルートを進んでいる。  横倒しになった太い幹が、前を塞ぐのを見て、彼はミサキへ助力を求めた。 「木を乗り越えるのを手伝ってくれ、晩飯のためだ」 「左でいい?」 「おう、俺は右を加速させる」  上下に激しく揺さぶられつつ、二人は手近な車のフレーム部分をきつく掴む。  意識の集中、加速するタイヤのイメージ――力の解放。  車は生きた獣を思わせる勢いで跳ね、横たわる幹に飛び掛かって急角度で這い登る。  ミサキが黒熊(くろぐま)と愛称を付けたこのオフロード車も、常識を超えた存在であった。  フレームの各所にゾーン産の金属を用いて補強し、四つのタイヤも遺物を援用したものだ。  黒塗りの熊は、森の中を我が物顔で駆け抜ける。  精密機械と、中の二人へのダメージはともかく、車は衝撃にも耐えて夜の林道を踏破した。  国道に復帰した彼らは、一度停車して機材の無事をチェックする。 「解析器は……異常無し」 「車も大丈夫だ。怪我は?」 「打ち身が二カ所。大したことないわ」  液漏れ無し、電気系統も正常、黒熊は今夜も性能を存分に発揮してくれた。 「残りは平坦な国道だけだ。一番乗りで着けるだろう」 「食事の時間はあるかしら」 「余裕で有るな、きっと」  夜の八時なら、まだ屋台に人が群がっている頃合いだろう。タイザは魚介類が豊富で、食べ物には困らない街だ。  焼いたイカやカニに思いを馳せる二人は、劇場に着くと車を裏に回し、すぐに市場へと夕食へ出向いたのだった。
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