第一章 チェイサー

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第一章 チェイサー

01. チェイサー  ひび割れたアスファルトの街路を、セイジ・キササギは荒れ地踏破用のゴツいオフロード車で急ぐ。  前後に飛び出したバンパーに、車体の左右に三本ずつ取り付けられた太い金属柱。異様な外見が嫌でも目を惹く、彼の手製改造車だ。  コンクリの破片を踏む度に跳ね上がる車に辟易しながらも、彼の視線は前方のピラミッドを見逃しはしなかった。  目標まで一直線に続く大通りへ到達したのを確認して、一度路肩に停車する。  黒縁のゴーグルを額に上げたセイジは、後部席へ振り返り、機材を抱える相方へ声を掛けた。 「ミサキ、兆候電圧を再チェックしてくれ」 「了解。ゴンゴンぶつけたけど、故障しないわよね、これ?」 「一応、アンチショックだ。だからって、限度はあるけどな」 「セイジよりは繊細そうね」  二人とも、浮ついた子供っぽさは無く、若くはあろうが年齢を判断しにくい顔付きだった。  無地のシャツ、ジーンズに似た厚手のパンツ、黒のハーフコートという出で立ちは共通で、ペアルックのようにも見える。別に揃えたわけではなく、単に同じ場所で調達しただけだ。  ユズハラ・ミサキが大事に押さえていたのは、シートベルトで固定した金属製の大きなボックスと、黒い板状のタブレットである。ノートパソコンのように二つ折りに畳まれたタブレットを、彼女は膝の上で開いた。  両面がモニターの仕様で、上部には地図が、下部には計測ログが映し出される。 「電圧の変位は、やっぱりピラミッドが中心になってる」 「同業者は?」 「北東に一組、西に二組。着くのは半時間後くらいかしら。私たちが一番乗りよ」 「幸先がいいや。行こうぜ」  車はまた、無人の街を進み始めた。  かつての商業ビルがならぶ目抜き通りに、動く影は存在しない。第十一廃棄都市、ここは五箇所の大穴が穿(うが)たれたゴーストタウンだった。  途中、崩れたビルから剥落した障害物を迂回してピラミッドに近付くと、その詳細が目視できる。  午後の陽光を反射するその威容を見ようと、ミサキが後ろから身を乗り出した。 「ガラス張りなの?」 「ああ、元は博物館らしいぞ。中身は(から)だけど」  正四角錐の巨大な建造物は、どこか遠くに在る姉妹都市との交流の象徴として作られた。四十五度の稜線が、未だに空を美しく切り取っているものの、正面玄関周りは酷い有様だ。  強化ガラスの壁面は、そう簡単に割れるものではないはずが、すっかり風通し良く破壊されている。大方、自動車で強引に突っ込んだのだろう。  廃棄都市は略奪の対象であり、博物館も例外ではない。  玄関前に車を横付けし、二人は作業に取り掛かる。後部の収納ボックスから、携帯タイプの掘削ドリルとピンキャスターを出したセイジは、二丁拳銃の如く両手に構えてミサキへ向いた。 「ひとっ走りしてくる。接続確認と、散布型の準備を頼む」 「日没直後が予想時間よ。急いで」 「分かった」  弾帯のように探知ピンが並ぶベルトを、彼の首から(たすき)掛けしてやると、ミサキはアンテナの組み立てを開始する。  彼女に背を向けたセイジは、ピラミッドの外周に沿って駆け出した。  八十から百メートルくらい走ったところで、ドリルで地表に小さな穴を空けてピンをその中へ打ち込む。  ピンはライフル弾より少し小さいくらいの大きさで、変位に反応するセンサーが内蔵されていた。センサーが拾った変化は、ミサキが使っていた解析器が集めて、記録してくれる。  どこが正確な目標地点か分からないため、このピンを広範囲に打つ必要があった。  ピラミッドは遊歩道で囲まれており、ベンチや倒れたごみ箱が点在する。タイルで舗装された道は、走り回るには都合がよい。  まずはこの、かつての憩いの道へ、ピンが等間隔に設置されて行く。四十本、ピン帯の五分の一を打った頃、彼は元の車へと戻って来た。  自動車のルーフには、既に椀型のアンテナが、ミサキの手によって固定済みである。彼女は運転席に座り、パイルフレーム(・・・・・・・)を展開しようとしていた。 「留めるのは、建物の中の方がいい」 「動きづらくならない?」 「ピラミッドは、東西南北に出入り口があった。中からでも移動には困らないよ」 「じゃあ、乗って」  セイジが助手席に滑り込むと、彼女は慎重に車を博物館の中へと進ませる。  緩い階段を上り、割れたガラスを踏み砕いて正面ホールへと入ると、ミサキは再びギア近くにある赤いレバーを倒す。  自動車のボディ下部から、昆虫の脚のように六本のフレームが伸びた。それぞれの金属フレームの先には、垂直に突き立った金属杭(パイル)が付いている。  レバー横の青いボタンを押すと、その太いパイルがフロアに向けて射出され、激しい衝突が車体を揺らした。  床のパネルを貫き割って、六本の杭が()り込む。これで車が横移動するのは防げるだろう。 「ロックOK」 「よし、内部にもピンを打ってくるよ」 「散布型は?」 「北側の二階にテラスがある。そこから撒こう」  セイジは一階にピンを打つとともに、四方の出入り口が開いていることを確かめる。邪魔になりそうなソファーや展示台は、出来るだけ脇に押し除けた。  ミサキは小さなドラム缶といった形状の散布器を、テラスへと運ぶ。バケツを縦に二個重ねたほどの大きさで、見た目は重そうだが、彼女でも軽々と持てる軽量設計だ。  全ての準備が終わった時には、午後三時を過ぎていた。その頃には、彼らと目的を同じくする他のチームが、ピラミッドの周辺に集まり始める。  最初にホールへ顔を出し、車の横で相談するセイジたちへ声を掛けたのは、見知った中年の男だった。 「お前ら、まさかここで待つつもりか!」 「ニキシマさんか。悪いが、ホールは押さえたよ。先着順だ」 「中心予想地で待機だなんて、頼まれたって嫌だね。全く、どうかしてるぜ」  男は、ほとほと呆れたと言わんばかりに首を横に振った。  狂血のキササギの名は、追跡屋(チェイサー)の間でも有名である。その渾名(あだな)に恥じない蛮勇ぶりに、ニキシマは付き合ってられないと溜め息をついた。腹が出始めようかという歳の彼には、こんな無謀はもう冒せない。  左手に二つ嵌めた金の指輪に、赤地に白の花柄のシャツ。格好は派手でも、()れた生地と同様、彼はもう草臥(くたび)れた身体が気になる歳だった。 「俺たちは、隣の公園で待機する。シェールのチームは、北の学校に向かった」 「学校って、高校か? ここから五分は掛かるだろ」 「それくらい慎重で普通だよ。今回は、軍も来るだろうしな」 「対策部隊か……」  兆候の発見は、気象班の台風観測の副産物で、国も気づいていて当然だ。  第十一廃棄都市を通過しようとした中型台風は、博物館の上空近くで、まるで何かにぶつかったように針路を急変させた。  セイジたちは、これを変位地の出現と考える。予想に違わず、センサーは大規模な変位の兆候を捉え、解析器に着々と送って来ていた。  発見が早かったため、彼ら追跡者も発生前に現場へ到着できたが、政府もいつもより迅速に対応してきておかしくない。  変位地の閉鎖と隔離には重装備の対策部隊が派遣され、この際、余計な部外者である追跡屋は排除対象となってしまう。 「アンタのチームは、政府無線の傍受が出来たよな。部隊はいつ来る?」 「十八時くらいだ。大型機で飛んで来て、降下してくるだろう」  出現とどちらが早いかは、微妙なラインだとセイジは予測する。あまり軍とやり合いたくはないものの、大規模変位を見送るのは勿体なかった。  腕時計を見て渋い顔をする彼に、ニキシマがやっぱりかと尋ねる。 「ギリギリまで粘るつもりだろ。よくやるよ」 「軍に関しては、みんなそうだろ?」 「まあな。同業のよしみだ、情報は流してやる。いつもの803に合わせとけ」 「助かるぜ」  危険と隣合わせな稼業では、一匹狼が生き残れる可能性は低い。たとえ狂血のキササギであっても、だ。  平然と奥地に突っ込む彼は、集めた戦利品の一部を提供することで他のチームの信頼を得ていた。それが役割分担であり、共存共栄ということである。  もう一チーム、これはニキシマも知らない新顔が、南のショッピングモールの駐車場に陣を張ったと言う。セイジたちが来た大通りを少し横に逸れた場所にあり、博物館にもかなり近い。  彼らに挨拶するため、ニキシマが出て行くと、ホールにはまたセイジたちだけが残された。  二人は車に乗り込み、無線機を言われた周波数に合わせて時を待つ。  助手席のミサキは、熱心にタブレットを眺めて、数値の変化を目で追った。 「予測では、十七時四十八分になってるわ」 「日没が四十二分だったな。暗くなってすぐか」 「ただ……これ、ちょっと見て」  彼女は下画面に博物館周辺の解析地図を映し出し、セイジへ掲げてみせる。微細な電圧変化を視覚化した地図は、等圧線が何重にも引かれていた。  博物館を中心に公園や学校まで入るように、地図を拡大すると、等圧線が奇妙に歪んでいるのが分かる。 「同心円じゃないのか。南に尾を伸ばした箒星(ほうきぼし)みたいになってるな」 「変位地が円形じゃないことはあるの?」 「聞いたことがない。二重出現も、まず有り得ないしな……」 「南にも避雷針(・・・)があるとか」  電圧を歪ませる避雷針の存在は、まだ充分に有り得る推察だった。酷い時は、発現円を潰し、失敗させることも考えられる。 「今は……もう十七時か」  街路を戻って避雷針探しをするには、少々刻限が迫り過ぎていた。  解析地図をあれこれ(いじく)り、電位の推移を細かく時間毎に調べていたセイジは、慌てて車外へ飛び出す。 「パイルを戻せ、移動する!」 「どうしたの!?」 「本当の避雷針は南だ、博物館のが干渉してるんだ。ここに強烈なヤツが在る!」  力が強いあまりに、博物館が中心だと勘違いしたのだ。この建物の中にある障害を取り除かなければ、本当の中心も分からないまま変位が失敗しかねない。  地図が指す場所を頼りに、彼は避雷針を求めて走り出した。
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