煮え滾る

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「やぁ、お待たせ」    そういって、彼は微笑みを浮かべたまま席に着く――      彼と出会ったのは半年前。友人の智香と立ち寄ったこのカフェで隣同士になったのがきっかけだった。  彼はその時、一人で読書を楽しんでいた。  優しそうな雰囲気と、眼鏡越しに文字を追う知的な表情がとても印象的だった。 「(ひびき)、小説の進み具合はどう?」 「うん、順調だよ♪」    同じ大学に通う智香とは高校からの付き合いで、唯一、私が小説を書いていることを知る親友だ。 「それにしても、ずっとミステリーばっかり書いてるって凄いよね。いったい何人殺したの?」 「ちょっと、智香! 声大きいよ!?」    私は周りの目が気になり、智香に小声で注意する。    気付けば隣にいた彼が、少しだけ(たしな)めるようにこっちを見ていた。 「すいません……」  私と智香が、彼に向かって小さく頭を下げる。  すると、「……小説、書いてるんですか?」と、彼がそのままポツリと呟くように話しかけてきた。 「ぁ……はい」 「この子の書く小説すっごく面白いんですよ! 人殺しばっかりなんですけど、そのトリックがビックリするようなのばっかりで! テレビとかで見る人殺しのトリックなんかつまんなくなっちゃいますよ!」 「智香!」  昼間からカフェの中に響き渡る【人殺し】というワード。  店内のお客さんの注目を集めてしまった。 「……」  私達二人が反省の色を込めて畏まっていると、じっとこちらを見ていた彼が急に本を閉じて、片方の手で口元を押さえながら忍び笑いをする。  私達はその様子に、きょとんとしてしまった。 「あ、ごめんごめん」 「いえ……」 「今度よかったら、その小説見せてもらえないかな?」 「え!?」 「いいじゃん、響! 見てもらいなよ!」 「ぁ……はい」  そうして出会ったばかりの彼と連絡先を交換して、私は小説をデータで送るようになっていった――。 「この間のトリックも本当に凄いね! よくああいうアイデアが思いつくよね!」 「あれは先日、昔の作家さんの小説からヒントを得て、今だったらもっと完璧にできるんだろうなぁと、そう思って……」    彼が私の小説を一作読み終わるたびに、こうしてこのカフェで彼の感想を聞くようになった。  そして気付けば、私はこの時を心待ちにするようになっていた。    彼は私の八つ年上でIT関係の仕事をしているということだった。    そして彼も以前は小説を書いていたらしい。 「もう、小説は書かないんですか?」 「語彙力には自信があるんだけど、僕は響ちゃんのような驚くような才能はないからね」 「そんな、才能だなんて……。私は逆に、一生懸命書いているんですけど語彙力に自信がなくて……」 「お互い足りない者同士だね」  彼が優しい眼差しを向けてくれる……。  私はその視線に頬が熱くなるのを感じて、つい下を向いてしまった。  でも、そんな包容力を感じさせる彼に対して、『二人で協力すれば――』と、心の中で言葉を紡いだ時、「響ちゃんは、今までの作品って応募したりとか、投稿サイトにあげたりとかはしていないの?」と、少し鋭い眼つきになったように見える表情で、彼が尋ねてきた。 「あ、はい……自信ないし、それに智香が読んでくれるので、それで満足なんです」 「ふ~ん、そっかぁ……」  彼はどこか物思いに耽ったような表情をしたあと、「じゃ、これからは僕と智香ちゃんだけが唯一の読者だね」、そういって微笑んだ。 「はい!」  私はその彼の優しさに破顔する――。 「ちょっと、響!」 「どうしたの智香?」 「これ見てよ!」    智香から渡されたのは、宣伝のリーフレットで、そこには〈超大型新人、遂に現る! 誰も思いつけなかった衝撃のトリック!〉という見出しで始まり、ミステリーの賞を受賞したという内容だった。    そして―― 「!?」    そこには、いつもの、あの微笑みの彼が映っていた。 「この作品の内容、響の書いたやつにそっくりだったよ!?」    智香が彼が書いたという本を私に差し出す。 「……」    ざっと目を通してみると、登場人物の名前や文章の大幅な修正はあったけれど、トリック自体は全くそのままだった。 「どうすんの!?」    智香が詰め寄る。 「……聞いてみる」      私には、訳が分からなかった――。 「それで、話って?」    彼は席に着くと指を組み、テーブルの上に肘をついてその上に顎を乗せた。 「あの、この小説……」    私はテーブルの上に彼が書いたという小説を見やすいように置く。  すると彼は、チラリと目を向けてから話し出す。 「ああ。響ちゃんも買ってくれたの? いやぁ、受賞してから忙しくってさ」 「あの、この中に書いてあるトリックって……」 「ん? あぁ。少しだけ響ちゃんのをヒントにさせてもらったよ」    そういって、彼は目を細めた。 「トリック……そのままでした」 「ん? 気の所為じゃない? もしかすると、たまたまそういうこともあるかもしれないけどね。それより響ちゃんの小説、早く読ませてよ」 「また、盗作するつもりですか?」 「なに言ってるんだい? あくまで君の読者として言っているんだよ? だって、君の小説の読者は、僕と智香ちゃんだけじゃないか」 「……だからって、私の考えたトリックを自分の作品に使うなんて狡いです」 「狡い? 君だって先人達のトリックを参考にしているんじゃないのかい?」 「私の場合は今の時代に合うようにしていますし、内容もかなり変えています。それに、今まで書いてきた小説のほとんどのトリックは、私のオリジナルです!」    するとここで、はっきりと私の口から【オリジナル】という言葉を聞いた彼は、一瞬だけ表情がガラッと変わった。      ――そう、例えていうなら、ハイエナ。 「……まぁ、君がそう主張するなら別に構わないけど、とにかく今後も君の読者であることに変わりはないよ。因みに君が僕のことを盗作だと言って訴えたとしても、誰も信じてはくれないと思うよ?」 「そんなことしません……どうして一言相談してくれなかったんですか?」 「ん? 別に僕が書いた小説について、なぜ君に相談しなくちゃいけないのかな? それに、プロの目から言わせてもらえれば、君の小説はただの作文だよ。但し、トリックだけは多少、見所があると言えばあるのかもしれないけど、それもアマチュアの暇潰し程度のものだよ」   「――!?」    この時、私の中で何かか弾けた。  トリックを使われたって、本当は構わなかった。  ただ一言、「使わせてもらったよ」、そう言ってくれさえすれば……。  なのに目の前のこのハイエナは、私が気持ちを込めて、命を吹き込むようにして書いてきた私の小説を【ただの作文】・【アマチュアの暇潰し】と吐き捨てた。    それだけは、それだけは絶対に許せなかった。 「――そうですか」    だから私は、当たり前のように自然と決意する。    だから―― 「これからも、私の小説読んでくださいね♪」    そういって、私は笑顔で席を立った。    彼は少し戸惑っていたけれど、私のその様子を見て、「もちろん!」と、いつもの微笑みをくれた。      私は一礼して、そのままカフェを後にする。  そして通りを少し歩いた頃、「絶対に許さない……」と、そう口にしていた。  すると――「!?」    瞬間、頭の中に鋭く電気が走ったかのような刺激が通り抜け、体中を(ほとばし)る何かが突き抜けていくような感覚に、私はピタリと足を止める。 「そっか……そうよね」      映像が次々と浮かび上がる。   場面が手に取るように伝わる。    気を付けなければならないポイントも、すんなりと理解できた……    それはまるで、天啓を受けたかのような、今までのが、それこそ霞んでしまうような、そんなトリックを思いついてしまった。    そして、 「同時進行の方が、執筆の参考になっていいよね……」  そう呟き、彼の変わり果てた姿を想像して、不意に緩みそうになった口元を堪えながら、私はまた歩き出した――。            〈 煮え滾る~了~ 〉
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